の、由斎《ゆうさい》の仕事場《しごとば》を訪《おとず》れたおせんの胸《むね》には、しとど降《ふ》る雨《あめ》よりしげき思《おも》いがあった。
 年《とし》からいえば五つの違《ちが》いはあったものの、おなじ王子《おうじ》で生《うま》れた幼《おさな》なじみの菊之丞《きくのじょう》とは、けし[#「けし」に傍点]奴《やっこ》の時分《じぶん》から、人《ひと》もうらやむ仲好《なかよ》しにて、ままごと遊《あそ》びの夫婦《めおと》にも、吉《きち》ちゃんはあたいの旦那《だんな》、おせんちゃんはおいらのお上《かみ》さんだよと、度重《たびかさ》なる文句《もんく》はいつか遊《あそ》び仲間《なかま》に知《し》れ渡《わた》って、自分《じぶん》の口《くち》からいわずとも、二人《ふたり》は真《す》ぐさま夫婦《ふうふ》にならべられるのが却《かえっ》てきまり悪《わる》く、時《とき》にはわざと背中合《せなかあわ》せにすわる場合《ばあい》もままあったが、さて、吉次《きちじ》はやがて舞台《ぶたい》に出《で》て、子役《こやく》としての評判《ひょうばん》が次第《しだい》に高《たか》くなった時分《じぶん》から、王子《おうじ》を去《さ
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