から微《かす》かに差《さ》し込《こ》む陽《ひ》の光《ひかり》を頼《たよ》りに、油皿《あぶらざら》のそばまで持《も》って行《い》った松《まつ》五|郎《ろう》は、中指《なかゆび》の先《さき》で冷《つめ》たい真鍮《しんちゅう》の口《くち》を加減《かげん》しながら、とッとッとと、おもく落《お》ちた油《あぶら》を透《す》かして見《み》たが、さてどうやらそれがうまく運《はこ》ぶと、これも足《あし》の先《さき》で探《さぐ》り出《だ》した火口《ほくち》を取《と》って、やっとの思《おも》いで行燈《あんどん》に灯《ひ》をいれた。
ぱっと、漆盆《うるしぼん》の上《うえ》へ欝金《うこん》の絵《え》の具《ぐ》を垂《た》らしたように、あたりが明《あか》るくなった。同時《どうじ》に、春重《はるしげ》のニヤリと笑《わら》った薄気味悪《うすきみわる》い顔《かお》が、こっちを向《む》いて立《た》っていた。
「松《まつ》つぁん。おめえ本当《ほんとう》に、女《おんな》の匂《におい》は、麝香《じゃこう》の匂《におい》だと思《おも》ってるんだの」
「そりゃァそうだ。こんな生皮《なまかわ》のような匂《におい》が女《おんな》の匂《におい》でたまるもんか」
「そうか。じゃァよくわかるように、こいつを見《み》せてやる」
編《あ》めば牛蒡締《ごぼうじめ》くらいの太《ふと》さはあるであろう。春重《はるしげ》の手《て》から、無造作《むぞうさ》に投《な》げ出《だ》された真《ま》ッ黒《くろ》な一|束《たば》は、松《まつ》五|郎《ろう》の膝《ひざ》の下《した》で、蛇《へび》のようにひとうねりうねると、ぐさりとそのまま畳《たたみ》の上《うえ》へ、とぐろ[#「とぐろ」に傍点]を巻《ま》いて納《おさ》まってしまった。
「あッ」
「気味《きみ》の悪《わる》いもんじゃねえよ。よく手《て》に取《と》って、その匂《におい》を嗅《か》いで見《み》ねえ」
松《まつ》五|郎《ろう》は行燈《あんどん》の下《した》に、じっと眼《め》を瞠《みは》った。
「これァ重《しげ》さん、髪《かみ》の毛《け》じゃねえか」
「その通《とお》りだ」
「こんなものを、おめえ。……」
「ふふふ、気味《きみ》が悪《わる》いか。情《なさけ》ねえ料簡《りょうけん》だの、爪《つめ》の匂《におい》がいやだというから、そいつを嗅《か》がせてやるんだが、これだって、髢《かもじ》なん
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