も》い出《で》は、レイの花からでした。
 第一装《だいいっそう》のブレザァコオトに着更《きが》え、甲板《かんぱん》に立っていると、上甲板のほうで、「鱶《ふか》が釣《つ》れた」と騒《さわ》ぎたて、みんな駆《か》けてゆきました。しかし、ぼくは漸《ようや》く、雲影模糊《うんえいもこ》とみえそめた島々の蒼《あお》さを驚異《きょうい》と憧憬《どうけい》の眼でみつめたまま、動く気もしなかったのです。
 未知の国を初めてまのあたり眺《なが》める感動と、あなたへの思慕《しぼ》とがありました。その頃《ころ》、漸くにして、自分の技倆《ぎりょう》の未熟さはさておき、とにかく日の丸の下に戦わねばならぬ、自分の重責を、あなたへの思い深まるに連れて、深く自覚自責するものがありました。ぼくは、あなたへの愛情をどうしても、帰国後まで、大切に、蔵《しま》っておかねばならぬと、おもった。然《しか》し、具体的なことはまだ一言も言わなかったし、言えもしなかった。ぼくの焦躁《しょうそう》はひどいものでした。
 ようやく波止場も見えてきて、全員集合を命ぜられたとき、いつもの様に、ぼくの眼は、あなたの姿を探していました。或《あ》る
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