えていましたが、なにを写す元気もなく、ぼんやりしている処《ところ》を、あべこべに何度も写されたりしました。
 結局、朝から夕方まで、ぼんやり坐《すわ》ったり歩いたりしただけで、帰ってきました。帰ってからポケットにふと、手を入れると、全財産百五十弗ばかりを入れた蟇口《がまぐち》がありません。
 ぼくは忽《たちま》ち逆上して、身体《からだ》中や其処《そこ》らを探しまわった揚句《あげく》の果は、恐《おそ》らく、ゴルフ場で落したに相違《そうい》ないときめてしまいました。百五十弗は、当時の為替《かわせ》率で、四百五十円位にあたります。素人《しろうと》下宿をして働いている、母の粒々辛苦《りゅうりゅうしんく》の金とおもえば居ても立ってもおられず、明朝、未《ま》だ皆の起きないうちに抜《ぬ》けだし、ゴルフ場まで探しに行こうと思いました。
 翌朝、未明に合宿を出ると、すぐ表で、ぱったり出逢《であ》ったのは、近所の、小さい友達で、リンキイ君、ぼく達がリンカアンと綽名《あだな》をつけた少年でした。ぼくをみると、鳶色《とびいろ》の瞳《ひとみ》を輝《かがや》かせ、「どうしたの《ホスマラア》[#「どうしたの」にルビ]」と可愛《かわい》い声で叫《さけ》びます。十歳位の少年ですが、ぼくとは気が合って、彼《かれ》の家にも引張って行かれ、二間位のせせこましい家に、いっぱいに置かれたオルガンで、下手糞《へたくそ》なスワニイ河をきかされたり、やさしいお母さんにも紹介《しょうかい》して貰《もら》いお茶《コオヒイ》[#「お茶」にルビ]を頂いたり、または彼氏|自慢《じまん》の映画スタアのサイン入りのブロマイドを何枚となく、貰ったことがあります。
 その朝、ぼくの様子が気になるのか、彼氏はまた仕草《ジェスチュア》で、ぼくの肩《かた》を叩《たた》き、「なんでも打明けてくれ」というのです。「金をおとした」と答えると「いくら」と訊《き》き、金額を話すと「オウ」と眉《まゆ》を顰《しか》めたり、肩をすぼめたり、おおげさに愕《おどろ》いてみせ、一緒《いっしょ》に捜《さが》しに行く、といいはってきかないのです。
 とうとう、二|粁《キロ》もあるゴルフ場まで、ついて来て、朝露《あさつゆ》に濡《ぬ》れた芝生の上を、口笛吹《くちぶえふ》き吹き、探してくれました。ぼくは勿論《もちろん》、一生懸命《いっしょうけんめい》で、隅《すみ》から隅まで、草の根を押《お》しわけて探してみましたが、処々に遺《のこ》っているコカコラの空瓶《あきびん》、チュウインガムの食滓《たべかす》などのほかには、水滴をつづった青草が、どこまでも意地悪く、羅列《られつ》しているばかりです。
 大体、前の日、歩いた記憶《きおく》を辿《たど》り、さがしてみたのですが、一通り歩いても、どうしてもありません。リンキイ君が、五|仙《セント》玉をひとつ拾っただけで、「チェッ」と舌打ち諸共《もろとも》、銀貨を空に抛《ほう》りあげ、意気なスタイルをみせてくれただけの事でした。
 歩きつかれ、探しつかれて、帰ってくると、みんな朝飯を食いに食堂に行った後のがらんとした寝室《しんしつ》を、コックの小母《おば》さんが、掃除《そうじ》していましたが、ぼくをみるなり「坂本さん。これあんたんじゃろう。随分《ずいぶん》、あんたを探していたのよ」と差出してくれたのは、失《な》くしたとばかり、思っていた蟇口です。ぼくのベッドの下に落ちていたそうで、この様子をぼくについて来て、ぼんやりみていた Mr. Lincoln いきなりぼくの手を握《にぎ》りしめ「ありがと。ありがと」と打振ります。ぼくには、少年の親切が、身に染《し》みて嬉《うれ》しかった。
 これは後の話ですが、ぼく達が帰国する日も迫った頃《ころ》、ぼくは日本への土産《みやげ》に、自動車のナムバア・プレェトが欲《ほ》しく、それをこのリンキイに頼《たの》みますと、その日、子供に借りた自転車で、附近《ふきん》を乗り廻《まわ》していたぼくの瞳に、道路の真中で、五六人の少年少女が集まり、リンキイが先に立って、なに事か、一心不乱に、働いているのがみえました。
 近よってみると、まだ新しいナムバア・プレェトが、アスファルト路の欠けた処を塞《ふさ》ぐために釘《くぎ》づけにしてあるのを、子供達が、各自家から持出した、金槌《かなづち》、やっとこの類で、取りはずすのに、大童《おおわらわ》でした。勿論、警官にみつかれば、叱《しか》られるのでしょうが、このアワア・ギャング達は、おめず臆《おく》せず、堂々と取ってのけ、その場で、ぼくにくれるのでした。
 また、帰国が近づいた頃、うす汚い、真鍮《しんちゅう》のロケットをぼくにくれた、カアペンタアという八つ位のお嬢さんも、ぼくと仲が善《よ》く、再々、彼女の宅にも引張って行かれました。その娘《
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