気になるのでしたが、同時に、誰でもが持っている岡焼《おかや》き根性とは、いっても、クルウの先輩連が、ぼくに浴《あ》びせる罵詈讒謗《ばりざんぼう》には、嫉妬《しっと》以上の悪意があって、当時、ぼくはこれを、気が変になるまで、憎《にく》んだのです。
その頃《ころ》、整調でもあり主将もしている、クルウでいちばん年長者の森さんは、ぼくをみると、すぐこんな皮肉をいうのでした。「大坂《ダイハン》は、熊本と、もう何回|接吻《せっぷん》をした」 とか 「お尻《しり》にさわったか」とか、或《ある》いは、もっと悪どいことを嬉《うれ》しそうにいって、嘲笑《ちょうしょう》するのでした。
七番のおとなしい坂本さんまでが、「大坂《ダイハン》は秋ちゃんと仲が良いのう」とひやかし半分に、ぼくの肩《かた》を叩《たた》きます。六番の美男の東海さんは「螽※[#「※」は「虫へん」に「斯」、39−6]《きりぎりす》みたいな、あんな女のどこが好いのだ。おい」と、ぼくの面をしげしげとのぞいて尋《たず》ねます。五番の柔道《じゅうどう》三段の松山さんは、「腐《くさ》れ女の尻を、犬みたいに追いまわしやがって――」とすごい剣幕《けんまく》で睨《にら》みつけます。三番の、もとはぼくを正選手《レギュラア》に引張ってくれた、沢村さんまでが、「あんな女のどこが好いかのう。女が珍《めずら》しいのじゃろう。不思議だのう」と、みんなに訊《たず》ねるようにするのが癖《くせ》でした。二番の虎《とら》さんは、広い胸幅を揺《ゆす》りあげ、その話をするときは、ぼくを見ないようにして、「でれでれしやがって」と、忌々《いまいま》しそうに、痰《たん》を吐《は》きとばします。この態度が、むしろ、好きでした。
舳手《バウ》の梶さんは、ぼくの次に、新しい選手ですし、それに、七番の商科の坂本さん、二番の専門部の虎さんと共に、クルウの政経科で固めた中心勢力とは、派が合わぬだけ、別に何んともいわず、皆と一緒《いっしょ》にいるときは、軽蔑《けいべつ》した風をしていますが、ひとりで逢うと、時々、「おおいに、若いときの想《おも》い出《で》をつくれよ」とか、文科の学生らしく、煽動《せんどう》してくれました。こうして、好意とまでゆかないでも、気にしないでいてくれる、梶さん、清さんのような人達もありましたが、前述したような、クルウ大方の空気は、ひがんでいるぼくにとっ
前へ
次へ
全94ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
田中 英光 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング