でなによりですと、喜んでもあげたかった。
 が、驚《おどろ》きのほうが強く、まじまじ目を見開いているぼくの顔にあなたは「ぼんち、今晩は」と笑いかけ、寂《さび》しさに甘えようとしているぼくの表情が判《わか》ると、ふッと身体《からだ》を乗りだし「そんなとこで、なにしてんの。ホホ……」と少しヒステリカルに笑い、顔見合せると急に笑い止《や》んで、やるせない沈黙《ちんもく》の瞬時《しゅんじ》が流れましたが、ふっと表情をかえたあなたは「ぼんち映画みに行かないの」といい棄《す》てたまま、くるりと身を翻《ひるが》えし、甲板《かんぱん》の端《はし》の映画場のほうへ行ってしまいました。
 機械的に、そのあとから、ぼくも跳《は》ねおき、活動を見に急いだのです。
 映画は、むかし懐《なつか》しい大河内伝次郎主演、辻吉朗監督『沓掛《くつかけ》時次郎』でありました。ところは太平洋の真唯中《まっただなか》、海のどよめきを伴奏《ばんそう》にして、映画幕は潮風にあおられ、ふくれたり、ちぢんだりしています。見物人は船客一同に加えて、満天の星と、或《ある》いは、海の鱗族《うろくず》共ものぞいているかも知れません。
 ぼくは、舷側《げんそく》の手摺に凭《もた》れて、みんなの頭越しに、この傷だらけのフィルムを、ぼんやり眺《なが》めていました。
 義理人情に絡《から》まれた男、沓掛時次郎の物語はへんてこに悲しいものでした。それに、説明を買ってでたレスラアB氏の説明が出鱈目《でたらめ》で、たとえば※[#二重かっこ開く]助《すけ》ッ人《と》※[#二重かっこ閉じ]と読むべきところを※[#二重かっこ開く]助人《じょにん》※[#二重かっこ閉じ]と読みあげるような誤《あやま》りが、ぼくには奇妙な哀愁《あいしゅう》となって、引きこまれるのでした。飾《かざ》りのない束《たば》ね髪《がみ》に、白い上衣《うわぎ》を着たあなたが項垂《うなだ》れたまま、映画をまるで見ていないようなのも悲しかった。
 映画が済んで、みんな立ってしまったあと、ぼくは独り、舷縁《ふなべり》に腰《こし》を掛《か》け、柱に手をまいて暗い海をみていた。青白いスクリインは、バタバタと風に煽《あお》られ、そのまえに乱雑に転がったデッキ・チェア、みんな、虚《むな》しい風景でした。
 もう、なんにも、あなたに言いたくなくなって、ぼんやり、一等船室の大広間に足を踏《ふ》
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