物させて貰《もら》いました。殊《こと》にハナウマイの涯《はて》しない白砂のなだらかさ、緑葉|伸《の》び張ったパルムの梢《こずえ》の鮮《あざ》やかさ、赤や青の海草が繚乱《りょうらん》と潮に揺《ゆ》れてみえる岩礁《がんしょう》の、幾十|尋《ひろ》と透《す》いてみえる海の碧《あお》さは、原始的な風景というより風景の純粋《じゅんすい》さといった感銘《かんめい》がふかく、ながく心に残っています。
 また、それ迄《まで》みも知らぬ赤の他人の邦人の方が、日本選手という名前だけで、自動車と昼食とアイスクリイムを提供してくれ、その上、細々と御世話を焼いて下さった御好意は、真実、日本人同士ならばこそという気持を味って嬉《うれ》しかった。あれ程《ほど》、損得から離《はな》れた親切さには、その後めったに逢《あ》いません。

 出帆《しゅっぱん》前の船に、またハワイ生れのお嬢《じょう》さん達が集まって、華《はな》やかな、幾分エロチックな空気をふりまいていました。
 往《い》きのときに会った、だぼはぜ嬢さんや、テエプを投げてやった可憐《かれん》な娘《むすめ》も、みんな集まっていて、会えばお互《たが》いに忘れず、なによりも微笑《びしょう》が先に立つ懐《なつか》しさでした。
 だぼはぜ嬢は、相不変《あいかわらず》の心臓もので、ぼく達よりも一船前にホノルルを去った野球部のDさんやHさんに、生のパインアップルをやけに沢山託《たくさんこと》づけました。船室に置いておいたら、いつの間にか誰《だれ》か食ってしまい、ぼくには、そんな空《むな》しい贈《おく》り物をする、だぼはぜ嬢さんが哀《あわ》れだった。Dさんにファン・レタアも頼《たの》まれたのですが、それも結局、次から次へと託づけて行くうちに幾人もの男達に読まれて笑われ、どうにか当人に渡《わた》ったにしても、所詮《しょせん》、真面目《まじめ》には読んで貰えないものにと思われて気の毒だったのです。
 また例の可憐な娘に、テエプを抛《ほう》る約束《やくそく》をしたら、その娘は下船するとき、彼女《かのじょ》の写真と手紙を渡してくれました。船が出てから、便所に持ちこんで読んだらこんな風に書いてありました。
※[#二重かっこ開く]二三日前、新聞でオリムピック選手達が、明日ホノルルに寄航するという記事を読み、坂本さんにも会えると思ったら、その晩|夢《ゆめ》をみました。

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