教えてくれるわけにはゆかないかな」
 キーシュは熊の背骨《せぼね》をしゃぶり終って立ちあがりました。
「いいですとも、教えてあげましょう。わけのないことです。御覧なさい」
 彼は薄い鯨髭《くじらひげ》の長いのを一本拾いあげて皆に見せました。両端《りょうはし》は針のように鋭くとがらせてあります。それを彼はていねいにぐるぐる巻いてゆきました。紐《ひも》のように長い鯨髭が、やがて彼の掌《てのひら》の中へかくれてしまいます。それから急にはなすと、ぴんと前のように伸びました。彼はこんどは鯨の脂肉《あぶらにく》のかたまりを一つ取りあげました。
「この小さな鯨の脂肉を、こんなふうに中をくぼませます。この中へしっかり巻いた鯨髭を押し込んで、その上にもう一つ脂肉をぎゅっとくっつけるのです。これをまるめて外へ出しておくと、一晩のうちにかんかんにこおりついてしまいます。熊がこの小さな球を呑み込むと脂肉はとける、さきのとんがった鯨髭がしゃっきり突立《つった》って、熊のはらわたに突きささります。そこで熊は病気になるのです。熊がすっかり弱りきるのを待って、鎗《やり》で突き殺す。まったくわけのないことですよ」
 それを聞いていた一同は感心のあまり思わず声をあげました。そして、すっかりキーシュの話をのみ込みました。
 キーシュは魔法の力をかりず、頭の力を使ったのです。そして一番みすぼらしい雪小屋から出て、村の頭《かしら》になりました。彼が生きていた間じゅう、彼の村人は栄《さか》え、夜、食べる肉がないといって泣くものは一人もなかったということです。



底本:「少年小説大系 第10巻 戦時下少年小説集」三一書房
   1990(平成2)年3月31日第1版第1刷発行
入力:門田裕志
校正:富田倫生
2007年12月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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