メートルも離れた空間だ。足場《あしば》がわりに鉄骨の梁《はり》の上に懸け渡しただけの何枚かの板の上に立っているのだった。下を覗《のぞ》けば、地下室をつくるために掘りさげられた地底まで三十メートルはあるだろう。よほど馴《な》れたものでも、何かにつかまらなければ眼がくらくらして覗いてはいられない高さだ。
 監督はあらためて一男少年の顔を見なおした。平然としている。わざと平気な顔をしているのではない。
「ひょっとすると親爺《おやじ》のいうのは嘘ではないかも知れない」
 監督はそう思った。それに彼は全体に一男の様子が気に入ったのだ。監督の満足そうな眼つきでそれが分かる。
 そこで平吉はすかさずもう一度頼み込んだ。
「岸本さん、頼みます。使ってみてやって下さいよ」
 監督は、「うん」と曖昧《あいまい》な返事をしてなお考えている様子だったが、やがて考えがきまったと見えて、平吉にいいつけた。
「山田を呼んで来てくれ」
 山田というのは平吉の組の職工頭《しょっこうがしら》だった。
 山田が来ると監督は一男をひきあわせた。
「石山の伜《せがれ》だそうだ。この間見習が一人いるように言っていたが、使ってやったらどうだ」
 平吉も一男も思わず山田の顔を見つめた。この人の返事一つで運命がきまるのだ。
 ずばぬけて背の高い山田は、見下《みおろ》すように一男を眺めていたが、遠慮なしにはっきり答えた。
「こんな子供じゃ役に立ちません。いれるだけ無駄です」
「だが、山田さん、柄は小さいけど――」
 平吉がせき込んで言いかけるのを監督がとめた。
「石山、山田がいけないというものを雇《やと》うわけには行かないよ。じかに使うのは山田なんだからな」
 平吉も一男も口をつぐまなければならなかった。
 山田は、実は自分の知合《しりあい》を一人いれたかったのだ。折を見て監督に頼もうと思って、まず見習が一人いるということをほのめかしておいたのだ。一男をここで雇ったら自分の計画が駄目になってしまう。
 ちょっとの間、四人は気まずい思いで突立《つった》っていた。
「石山、気の毒だが仕方がない。さア、二人とも仕事にかかってくれ」
「平さん、わるく思わないでくれ。この年じゃまだ無理だよ」
 山田がまず立ち去った。
 石山親子も監督に礼を言って、その場を去るほかなかった。

  二

 十七といっても一男は、両親のお蔭で中学
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