。』
『お説のようだと、日本将来のオペラは宝塚の温泉場から生れて来そうに思えますね。』
『いや実際生れて来そうなのです。少女歌劇そのものの発達が日本将来のオペラだと言ったら言い過ぎもしましょうが、とにかくこういう物から本当の日本歌劇が生れて来るのではないかと思います。私が大人として面白かったと言ったのは、一はそういう意味からでもあったのです。』
『それからまだ他に大人として面白かったことがありますか。』
『あります。それはアンサンブルとしての演技にとても大人には見られない統一のあった事です。この一座にはスタアという者がありません。プリマドンナという者がありません。それ故、甲の役者が乙の役者を押し退けたり、乙の役者が甲の役者を圧倒したりするような事がありません。お姫様も女中も殿様も家来もみんな同じラインの上で働いています。それが私には何ともいえない快い感じを与えました。』
『成程それは好い気持でしょう。併しそういう風にして子供の芸術家を養成するという事が果して理想的な教育法でしょうか。それがために一人一人の個性が失われて行くというような憂えはないでしょうか。』
『私はその心配はないと思います。個性というものは黙っていても成長します。併し統一と訓練とは監督者に待たなければなりません。宝塚少女歌劇の可愛い役者達が舞台監督なり楽長なりを神様のように思って、小学校の生徒が体操の号令一つで動くように、一挙手一投足其の命令を待っている様子は、将来の歌劇の実に理想的な模型だと思います。』
『とうとうあなたのいつもの演劇論になりましたね。ところで演劇とは書いてありますが、宝塚のは一体どんな形式なのです。本当のオペラの形式なのですか。』
『勿論そうじゃありません。形式は先ずオペレットです。歌の間に素の台詞の這入る奴です。併し「竹取物語」などというものになると、可なりオペラらしい分子が多量に這入っていました。でも宝塚の幹部達は何処までも少女歌劇と言って貰いたい。オペラとは言って貰いたくないと言っていました。その謙遜な態度も私には気に入りましたね。』
『踊などには日本在来の型が這入り過ぎているという評がありましたが、それはどうですか。』
『それは私もそう思いました。併し私は寧ろその大胆なのに敬服している方です。あれが段々に淘汰されたら却って面白いものが出来はしまいかと思っています。ああいう大胆な試みから日本在来の踊りでもない西洋のダンスでもない一種の新しい日本の踊りが生まれて来るのではないかと思っています。』
『まあそれは見てからの議論としましょう。』
『そうです。まあ一度見てやって下さい。私はやかましい議論を離れて大の贔屓なのですから。』
『それは子供らしい感情の方からですか。』
『そうです。私はその時分三つだった私の長男を連れて宝塚へ行ったのですが、其の時見た「桜大名」というのを未だに子供は忘れずにいるのです。もう五つになったのですが。』
『では、今度も子供衆のお供ですか。』
『子供のお供だか、子供がお供だか分らないのです。私の方が寧ろ楽しみにしている位ですから。』
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ](時事新報)
この帝劇公演からはじめてお金をとって見せるようになった。東京へ行ったらすぐに高輪の毛利公爵の婦人教育会に招ばれた。帝劇へ出たのをきっかけに、新橋演舞場、歌舞伎座と出るようになって、これなら東京でもできるということがわかったから、今の東京宝塚劇場を建設するようにまでなった。
このように宝塚が帝劇に出るようになり、今度は立派な小屋ができ、どんどん発展して行くと、今日のスターを映画に引抜かれると同じように、宝塚の作曲家の原田潤とか、舞踊を教える楳茂都陸平とか、そういう方面のスターをみんな持って行かれたことがある。それは松竹少女歌劇をつくるについて、スタッフを作曲から舞踊から演出から音楽からみんな宝塚から引っこ抜いて行った。そのときは非常に困ったけれども、あとからあとからといい人を養成して発展していった。
意外な「花嫁学校」の実質
前にも述べたように、私が宝塚音楽学校をつくって四十一年だ。その間卒業生が何人出たか、ずっと古い人から数え上げると二千人は出ているだろう。今わかっているので千数百人ある。大正十二年からは毎年五十人ずつ採って、それから、かれこれ三十年になるから、それだけでも千五百人、その前のごく初期には十人か十五人くらいだったから、ざっとみて五百人くらい、あわせて二千人ぐらいではないかと思う。
そのうち、現在いわゆる芸能人として名をなしている人が三十七人しかいない。あとの千九百六十三人はどうしているかというと、ほとんど家庭の人となっている。これは無理もないと思うことで、今は学校の規則がかわって、
前へ
次へ
全9ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 一三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング