おいてアーニイ・パイルについて語るであろう。
「アーニイ・パイル」は太平洋戦争に参加したる米国一新聞の青年記者の姓名である。彼は不幸にして海戦のさ中に戦死した。然し、彼の綴れる通信記事は、全米を風靡して好評を博したのである。米国各新聞社から派遣せられた数百名の記者によって、送られたる通信記事の内容は、その冒険を競い、その敏捷を争い、その独自性をほこり、或は又美辞麗句、奇抜であり、意表に出ずる等々千差万別の裡にあって、彼は終始一貫、兵士と苦楽を共にしつつその兵士の行動、その生活、その信念、あるがままの本質と、真の姿をあらゆる角度から書いて、故国の同胞父兄に報告したのである。
 その報告記事は、酒のごとく強くもなければ、香りも無い、酔うことの嬉しさも、眠ることの楽しみもない。しかし、酒は興味のある人、無い人、嗜む人、嫌な人もある。水に至っては、淡々として無味、何人も手を放すことの出来ない必要品であるごとくに、彼の通信は待ちこがれる水であったのである。恐らく太平洋戦争に参加したる陸、海、空、各方面綺羅星のごとき将官の数は数万人にのぼったであろう。そして、輝かしい戦功にともなう物語は、読者をし
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