己改善を通じてなされたるのみならず、その開発せらるるに従つて種族の繁殖を定むるもろ/\の条件を認識する淘汰的本能を通じて行はれたる、人類の向上に努力しなければならない。
とはいへ私は人種改良の偏見に対して『恋愛と結婚』の中に人類は恋愛中に種族の向上発展に最も効果ある淘汰の方法を発見した[#「人類は恋愛中に種族の向上発展に最も効果ある淘汰の方法を発見した」に傍点]と云ふ仮説を叙《の》べて置いた。併しながら熱心なる真理の追求者は証明せられざる仮説を争ふべからざる原理なりとしてかかぐるが如き事は到底思ひも及ばざる事である。私の主として求めたものは恋愛の自由と云ふ事であつた。それによつて私共はその効果を観察するの機会を多く与へられんが為めである。私はまた、遺伝の影響といふものを研究する上から恋愛の効果といふことに多大の注意が払はれなければならないと云ふ事を力説した。祖先の特性を遺伝する様々なる結合に絶えず洞察の眼を放ち、以て人生の種々なる方面が次第に高き水準《レベル》に昇り行く淘汰の諸法則をよりよく発見し、淘汰をして最善の性質を保存せしめ最悪なるものを根絶せしむる為めにこれ等の諸法則と道徳的に結合せしむるはこれこそ誠に進化の一般の目的であると云はれなければならない。
進化の一要素として唯一恋愛の必要を深く認むる人々でさへもそれ以外になほ多くの諸要素の存在を認容しなければならない。いかに熱狂なる理想主義と雖もそれ等を進化の過程中より除去することは出来ないのである。
二個の細胞と二個の細胞精神より吾人の複雑なる存在を創造し、現在に於て種族を決定する諸種の結婚の形式と恋愛の理想とを生み出せる生命の力は数億万年以前に始められたる進化の連鎖中に於ける一|鏈環《れんかん》に過ぎぬのである。而して吾人はこの恋愛の進化が何等前提せられたる理想の模型もなくして遂行せられたるを知るが故に、|愛の神《エロス》は現在の上に吾人が今や曙光の自覚を有し始めつつある理想的様式を道徳的標準として課することなく依然として渾沌たる性的関係中より世界の改造を持続するであらうといふことを疑ふに都合よき何等の理由もないのである。一方に於て又この問題が全く『自然的本能』或は官能の満足に委《まか》し去らるべきものと考ふる人々、或はその善悪正邪は偏《ひとえ》に神聖なる本能によつて定めらるべきであると信じてゐる人々は諸々の理想を創造する人間の力が永く進化の一要素であり、現在に於ける唯一の問題は『如何にせばこの力が進化中にあつて有益なる一動力となされ得るか』といふことであるのを忘却してゐる。
人種の改善に力を傾注すると云ふことは『恋愛と結婚』の中に私が説明して置いた通り現在の渾沌たる恋愛の状態より単一個人的恋愛に至る橋梁を架設するが如きものである。これは又恋愛がその不合理なる性質を免かるる唯一の道である。ゲーテは且て『恋愛に於て凡《すべ》ては冒険である、何故なれば凡てが機会にのみ待たれなければならないからである』と云つた。併しながら全てこれは未だ発見せられざる法則に対する他の名称に過ぎない。何時か我々は霊肉の愛情的不調和並びに或る人々の間に存する心理的不調和が消滅するの日に到達するであらう。何故なれば最高の幸福を経験せんとする事は万人の欲求であるからである。而して最高の幸福は心理的必然から多くの小なる感情を除去する寛大なる感情によつてのみ達せられるのである。然しながら前途は未だ極めて遼遠である。而してその間にあつてある人々はある個人に対して彼等の理想の完全なる体現を求めて得ざりしがために幾度も恋するのである。かくの如き人々は或る一人にその理想の一方面を発見し、又或る他の人にその理想の他面を発見する人々である。又ある人々は新なる精神の伴侶を発見する時は恰かも且て起らざりしが如く彼等の以前経来つた経験を悉く忘れ去るのである。或はまた一度深き恋愛に誤まられたる後最早進んで新なる経験を味はんとする能力を失ふが如き人々もある。
『恋愛と結婚』は新なる献身の念を有《も》つて人生の賜物を保護せんと決心せる若き人々に与へられたのであつた。故にそれ等の人々は道徳的法則が石碑の上に書かれたるに非ずして血肉の上に書かれたるものであるといふことを知つてゐる。而して彼等は恋愛中に発見する高尚なる幸福は人生に対する高貴なる職務にして神に仕ふるより敬虔の念に於て遙かに優れたるものであると感じてゐる。併しながら何処に恋愛の自由が終り新代の権能が始まるかは又彼等の決定しなければならない問題である。
生理的にも心理的にも最上の子孫を作る種々なる条件に対して吾人の智識は未だ極めて乏しいのである。故に恋愛理想主義者の信仰はかの進化の事実を無視せずと称する人々に比して更らに大なる社会的譲歩を得ることは出来ないのである
前へ
次へ
全14ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
ケイ エレン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング