いだろうか。そして、礼盤から離れて行った跡が、恰度前方から孔雀が歩んで来た跡に符合したと云う訳なんだよ」
「ああ」検事は溜らなく汗を拭いて、「だが、どうして推摩居士は三階へ上って行ったんだ?」
 法水は卓上の一書をパラパラとめくって、最後に指で押えた頁を検事に突き付けた。
「支倉君、君はヒステリー患者の五官のうちで、何が一番最後に残るか――、それが視覚だと云う事を知っているかね。また、その中でも赤色だけは、発作中でさえも微弱に残っているのだ。勿論、巫術[#「巫術」は底本では「※[#「一/坐」、204−下−15]術」]などでは、巧《たくみ》な扮飾を施して、それを恐ろしい鬼面に捏《で》っち上げるのだが、現在僕の手に、それを証明する恰好な文献があるのだ。とにかく、その件りを読んでみよう。――(一九一六年十月、メッツ予備病院に於いてドユッセンドルフ驃騎兵聯隊附軍医ハンス・シュタムラアの報告)余の実験は、該患者に先登症状なる震顫を目撃せしに始まる。まず円筒形の色彩板を持ち出して、それを紫より緩く廻転を始めたるに、最終の赤色に至りて、同人は突如立ち上り、その赤色を凝視しつつ色彩板の周囲を歩み始めた
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