、いつか澄んだ碧《あお》みを加えて、やがては黄道を覆い、極から極に、天球を涯《はて》しなく拡がってゆくのだ。
いまや、岬の一角ははっきりと闇から引き裂かれ、光りが徐々に変りつつあった。
それまでは、重力のみをしんしんと感じ、境界も水平線もなかったこの世界にも、ようやく停滞が破られて、あの蒼白い薄明が、霧の流れを異様に息づかせはじめた。すると、黎明《れいめい》はその頃から脈づきはじめて、地景の上を、もやもやした微風がゆるぎだすと、窪地の霧は高く上《のぼ》り、さまざまな形に棚引きはじめるのだ。そして、その揺動の間に、チラホラ見え隠れして、底深い、淵のような黝《くろ》ずみが現われ出るのである。
その、巨大な竜骨のような影が、豆州の南端――印南岬《いなみさき》なのであった。
ところがそのおり、岬のはずれ――砂丘がまさに尽きなんとしているあたりで、ほの暗い影絵のようなものが蠢《うごめ》いていた。
それは、明けきらない薄明のなかで、妖《あや》しい夢幻のように見えた。ときとして、幾筋かの霧に隔てられると、その塊がこまごま切りさかれて、その片々が、またいちいち妖怪めいた異形《いぎょう》なものに見えたりして、まこと、幻のなかの幻とでもいいたげな奇怪さであった。
けれども、その不思議な単色画《モノクローム》は疑いもない人影であって、数えたところ十人余りの一団だった。
そして、いまや潜航艇「|鷹の城《ハビヒツブルク》」の艇長――故テオバルト・フォン・エッセン男の追憶が、その夫人ウルリーケの口から述べられようとしている。
しかし、その情景からは、なんともいえぬ悲哀な感銘が眼を打ってくるのだった。海も丘も、極北の夏の夜を思わせるような、どんよりした蒼鉛一味に染め出されていて、その一団のみが黒くくっきりと浮び上がり、いずれも引き緊った、悲痛な顔をして押し黙っていた。
そのおり、海は湧き立ち泡立って、その人たちにあらんかぎりの威嚇《いかく》を浴《あび》せた。荒《し》けあとの高い蜒《うね》りが、岬の鼻に打衝《ぶつ》かると、そこの稜角で真っ二つに截《た》ち切られ、ヒュッと喚声をあげる。そして、高い潮煙が障壁から躍り上がって、人も巌も、その真白な飛沫《しぶき》をかぶるのだった。
風も六月の末とはいえ、払暁の湿った冷たさは、実際の寒気よりも烈しく身を刺した。しかも、岬の鼻に来てはすで
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