カめた。
「ですけど、あのテオバルトが、どうしてシュテッヘなものですか。貴方は、私を淫らな不義者にして、いっそこんな恥辱をうけるのなら、私、この場で死んでしまいたい……」
「それでは、なぜ貴女は、艇長の写真を壁の小孔に当てて、掛けて置いたのです。僕はあの孔一つから、貴女の心の閨《ねや》を覗き込みましたよ」
と新しい莨《たばこ》に火を点じて、法水は冷酷な追及を始めた。
「先刻《さっき》お部屋を見たときに、あれが湿板写真――つまり日本に例をとれば、明治初年に流行《はや》った硝子写真であることを知りました。
御承知のとおり、硝子写真というものは、下に黒い地を置けばこそ、陽画に見えますが、もし日光なり光線なりを背後に置いた場合、今度は陰画に化けてしまうのです。
その陰陽の転変……つまり、フォン・エッセンの金髪は黒髪に、唇の上や顎の尖りは、そのまま口髭に、あるいは顎髯となって、フォン・エッセンとシュテッヘは、その一瞬の間に移り変ってしまうのです。
ですから、心が冷たく打ち沈んだときに、裏板を引くと、そこにはシュテッヘの顔が明るく輝き出すでしょう。
すると、貴女は、悩ましそうに微笑むでしょうが、たちまちその秘密の歓楽にぞくぞくしてきて、恋の初めの微妙な感情を、心ゆくままに想い起すことでしょう。ですから、シュテッヘの写真を焼き捨てられても、僕の前には、いささかの効果もないのですよ」
「なに、シュテッヘの写真を焼き捨てた……僕は最初から、君の側を離れなかったのだが……」
と今度は、検事が不審そうに異議を唱えると、法水は面白そうに笑いながら、
「だって、どう考えたって、紡車《つむぎぐるま》が独りでに廻るという道理はないだろう。それに、理由は後で云うが、艇長は或る奇異《ふしぎ》な迷信から、自分が『|鷹の城《ハビヒツブルグ》』を離れる時刻を決めているんだ。あれには、君も僕も愕《ぎょ》っとなったが、しかしすぐ後で、僕は自分の愚かしさを嗤《わら》いたくなった。だいたい壁炉というものは、必要のない期間だけ、下の火炉と煙突との間を、仕切りで塞いでおくのだ。ところが、それを焼き捨てた人物は、煙が家の中に、立ち罩《こ》めるのを懼《おそ》れたからだろう。仕切りを開いて、煙突から空中に飛散させたのだ。だから、その後になって、霧が煙突の上を通るごとに、火炉の温い洞《ほら》との間に、当然還流が起
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