ような瞳があった。
両端が鋭く切れすぎた唇は、隙間なくきりりと締っていて、やや顎骨が尖っているところといい、全体としては、なにかしら冷たい――それが酷《むご》いほどの理性であるような印象をうけるけれども、また一面には、氷河のような清冽な美しさもあって、なにか心の中に、人知れぬ熾烈《しれつ》な、狂的な情熱でも秘めているような気もして、おりよくその願望が発現するときには、たちまちその氷の肉体からは、五彩の陽炎《かげろう》が放たれ、その刹那、清高な詩の雰囲気がふりまかれそうな観も否めないのだった。
しかし、ウルリーケのすらっとした喪服姿が、おりからの潮風に煽られて、髪も裾も、たてがみのように靡《なび》いているところは、どうして、戦女《ワルキューレ》とでも云いたげな雄々《ゆゆ》しさであった。
空は水平線の上に、幾筋かの土堤《どて》のような雲を並べ、そのあたりに、色が戯れるかのごとく変化していった。彼女はしばらく黙祷を凝《こ》らしていたが、やがて、波間に沈んだ声を投げた。
その言葉はかずかずの謎を包んで神秘の影を投げ、しばらくはこの岬が、白い大きな妖しげな眼の凝視の下にあるかのようであった。
「いつかの日、私はテオバルト・フォン・エッセンという一人の男を知っておりました。その男は、墺太利《オーストリヤ》海軍の守護神、マリア・テレジヤ騎士団の精華と謳《うた》われたのですが、また海そのものでもあったのですわ。
ああ貴方! あの日に、貴方という竪琴の絃《いと》が切れてからというものは……それからというもの……私は破壊され荒され尽して、ただ残滓《かす》と涙ばっかりになった空虚《うつろ》な身体を、いま何処で過ごしているとお思いになりまして。
私は、貴方との永くもなかった生活を、この上もない栄誉《はえ》と信じておりますの。だって貴方は、怖《おそ》れを知らぬ武人――その方にこよなく愛されて、それに貴方は、墺太利全国民の偶像だったのですものね。
ところが、あの日になって、貴方は急に海から招かれてしまったのです。
というのも、貴方が絶えずお慨《なげ》きになっていたように、なるほど軍司令部の消極政策も、おそらく原因の一つだったにはちがいないでしょうが、もともといえば、貴方お一人のため――その一人の潜航艇戦術が伊太利《イタリー》海軍に手も足も出させなかったからです。
ねえ、そうで
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