フ館のような、精神病理的人物の多い所では、押捺《おうなつ》した指痕などというものに信頼を置くと、それがそもそもの間違いになるのだよ。何故なら、ときたま外見に現われない発作があるからね。その時強直なり羸痩《るいそう》なりが起った場合に、僕等はとんでもない錯誤を招かんけりゃならんのだ。しかし、この壺の内側には、必ず平静な状態の時、捺《お》された拇指痕《ぼしこん》があるに相違ない。熊城君、君は、ここにある壺を巧く割ってくれ給え」
 そうして糸底《いとぞこ》の姓名と対照して割ってゆくうちに、とうとう二つが残されてしまった。「クロード・ディグスビイ」……割られたが、しかし、あのウェールズ猶太《ジュウ》のものとは異なっていた。次に、降矢木算哲……熊城の持った木槌が軽く打ち下されて、胴体にジグザグの罅《ひび》が入った。そうして、それが二つに開かれた次の瞬間、三人は全く悪夢のようなものを掴まされてしまった。ちょうど縁《へり》から幾分下方に当る所に、疑うべくもない拇指痕が、レヴェズの咽喉《のど》に印されたのと同一の形で現われた。さすがに検事も熊城も、この衝撃には言葉を発する気力さえ失せてしまったらしい。
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