んでいる眼に見えないものが、今度ダンネベルグ夫人に現われたとは思えないかね」
「それは、ちと空論だろう」と検事はやり込めるような語気で、「二回目の事件で、前後の聯関が完全に中断されている。何とかいう上方役者は、降矢木以外の人間じゃないか」
「そうなるかね。どこまで君には手数が掛るんだろう」と法水は眼で大袈裟《おおげさ》な表情をしたが、「ところで支倉君、最近現われた探偵小説家に、小城魚太郎《こしろうおたろう》という変り種がいるんだが、その人の近著に『近世迷宮事件考察』と云うのがあって、その中で有名なキューダビイ壊崩録を論じている。ヴィクトリア朝末期に栄えたキューダビイの家も、ちょうど降矢木の三事件と同じ形で絶滅されてしまったのだ。その最初のものは、宮廷詩文正朗読師の主キューダビイが、出仕しようとした朝だった。当時不貞の噂《うわさ》が高かった妻のアンが、送り出しの接吻をしようとして腕を相手の肩に繞《めぐ》らすと、やにわに主は短剣を引き抜いて、背後の帷幕《とばり》に突き立てたのだ。ところが、紅《あけ》に染んで斃《たお》れたのは、長子のウォルターだったので、驚駭《きょうがい》した主は、返す一撃
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