オ》以来の神聖家族と云われる降矢木《ふりやぎ》の館に、突如真黒い風みたいな毒殺者の彷徨《ほうこう》が始まったからであった。その、通称黒死館と呼ばれる降矢木の館には、いつか必ずこういう不思議な恐怖が起らずにはいまいと噂されていた。勿論そういう臆測を生むについては、ボスフォラス以東にただ一つしかないと云われる降矢木家の建物が、明らかに重大な理由の一つとなっているのだった。その豪壮を極めたケルト・ルネサンス式の城館《シャトウ》を見慣れた今日でさえも、尖塔や櫓楼の量線からくる奇異《ふしぎ》な感覚――まるでマッケイの古めかしい地理本の插画でも見るような感じは、いつになっても変らないのである。けれども、明治十八年建設当初に、河鍋暁斎《かわなべぎょうさい》や落合芳幾《おちあいよしいく》をしてこの館の点睛《てんせい》に竜宮の乙姫を描かせたほどの綺《きら》びやかな眩惑は、その後星の移るとともに薄らいでしまった。今日では、建物も人も、そういう幼稚な空想の断片ではなくなっているのだ。ちょうど天然の変色が、荒れ寂《さ》びれた斑《まだら》を作りながら石面を蝕《むしば》んでゆくように、いつとはなく、この館を包みは
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