中に腐敗|瓦斯《ガス》が膨満するとともに、その船形棺は浮き上るものとみなければなりません。そこで牧師は、あの夜、錘の位置から場所を計って氷を砕き、水面に浮んでいる棺の細孔から死体の腹部を刺して瓦斯《ガス》を発散させ、それに火を点じました。御承知のとおり、腐敗瓦斯には沼気《メタン》のような熱の稀薄な可燃性のものが多量にあるのですから、その燐光が、月光で穴の縁に作られている陰影を消し、滑走中の妻を墜し込んだのです。恐らく水中では、頭上の船形棺をとり退けようと※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》き苦しんだでしょうが、ついに力尽きて妻は湖底深く沈んで行きました。そうして牧師は、自分の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》を射った拳銃を棺の上に落して、その上に自分も倒れたのですから、その燐光に包まれた死体を、村民達が栄光と誤信したのも無理ではありません。そのうち、瓦斯の減量につれて浮揚性を失った船形棺は、拳銃を載せたまま湖底に横たわっている妻アビゲイルの死体の上に沈んでいったのですが、一方牧師の身体《からだ》は、四肢が氷壁に支えられてそのまま氷上に残ってしまい、やがて雨中の水面には氷が張り詰められてゆきました。恐らく動機は妻とスティヴンとの密通でしょうが、愛人の死体で穴に蓋をしてしまうなんて、なんという悪魔的な復讐でしょう。しかしダンネベルグ夫人のは、そういった蕪雑《ぶざつ》な目撃現象ではありません」
聴き終ると、鎮子は微かな驚異の色を泛《うか》べたが、別に顔色も変えず、懐中から二枚に折った巻紙|形《がた》の上質紙を取り出した。
「御覧下さいまし。算哲博士のお描きになったこれが、黒死館の邪霊なのでございます。栄光は故《ゆえ》なくして放たれたのではございません」
それには、折った右側の方に、一艘の埃及《エジプト》船が描かれ、左側には、六つの劃のどのなかにも、四角の光背をつけた博士自身が立っていて、側《かたわら》にある異様な死体を眺めている。そして、その下にグレーテ・ダンネベルグ夫人から易介までの六人の名が記されていて、裏面には、怖ろしい殺人方法を予言した次の章句が書かれてあった。(図表参照)
[#黒死館の邪霊の図(fig1317_02.png)入る]
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グレーテは栄光に輝きて殺さるべし。
オットカールは吊されて殺さるべ
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