ヌその中心に、主産地であるエルツ山塊があるためにほかならないのだ。しかし、要するに、あの千古の神秘は、一場の理化学的|瑣戯《さぎ》にすぎないのだよ。ところで支倉君、君は砒食人《アーセニック・イーター》という言葉の意味を知っているだろうね。ことに、中世の修道僧が多く制慾剤として砒石を用いていたことは、ローレル媚薬([#ここから割り注]ローレル油に極微の青酸を加えたもの。痙攣を発して一種異様な幻覚を起す自涜剤[#ここで割り注終わり])などとともに著名な話なんだ。ところが、ロダンの『接吻《キッス》』の中から、僕がいま発見した内容にも記されているとおりで、ダンネベルグ夫人もやはり砒食人《アーセニック・イーター》――常日頃神経病の治療剤として、夫人は微量の砒石を常用していたのだ。そうすると、永い間には、組織の中にまでも、砒石の無機成分が浸透してしまう。したがって、サントニンによって浮腫や発汗が皮膚面に起ると、当然、そこに凝集している砒石の成分層が、ピッチブレンドのウラニウム放射能をうけなければならないだろう」
「勿論現象的には、それで十分説明がつくだろうがね。また、どんなに表現の朦朧《もうろう》たるものでも、たしか新しい魅力には違いない。だがしかしだ。君の説明は、故意に具体的な叙述を避けているように思われる。いったい犯人は誰なんだ?」と検事は、指を神経的に絡《から》ませて、グビッと唾《つば》を嚥《の》み込んだ。
「たしか、あの時伸子は、ダンネベルグ夫人と同じ檸檬水《レモナーデ》を嚥《の》んだはずだったがね。しかし、あの女は既《とう》に、ファウスト博士の手で、旧《もと》の元素に還されてしまってるんだ」
その間法水は、生気のない鈍重な、生命の脱殻《ぬけがら》のようになって突っ立っていて、むしろその様子は、烈しい苦痛の極点において、勝利を得た人のごとくであった。既《とう》に整頓の楔《けい》点が近づいたせいか、その急激に訪れた疲労は、恐らく何物にもまして、魅惑的なものだったに違いないであろう。しかし、そのうち烈しい意志の力が迸《ほとばし》り出てきて、
「うん、その紙谷伸子《かみたにのぶこ》だが」とガクリと顎骨《あごぼね》が鳴り、瞬間新しい気力が生気を吹き込んできた。「それがとりもなおさず、クニットリンゲンの魔法使さ」
実に黒死館の幽鬼ファウスト博士こそ、紙谷伸子だったのだ。しかし
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