末n色の雲が、低く樹林の梢間際にまで垂れ下っていて、それがいつまでも動かなかった。そういった荒涼たる風物の中で、構内は人影も疎《まば》らなほどの裏淋しさ、象徴樹《トピアリー》の籬《まがき》が揺れ、枯枝が走りざわめいて、その中から、湧然《ようぜん》と捲き起ってくるのが、礼拝堂で行われている、御憐憫《ミセリコルディア》の合唱だった。法水は館に入ると、独りで広間《サロン》の中に入って行ったが、そこで彼の結論が裏書きされたことは、再びダンネベルグ夫人の室《へや》で、二人の前に現われた時の顔色で判った。そして、いまや礼拝堂に、家族の一同に押鐘博士までも加えた――関係者の全部が集っているのを知ると、法水はなんと思ったか、葬儀の発足をしばらく延期するように命じた。それから、
「勿論、犯人が礼拝堂の中にいるのは確かなんだよ。しかも、もう絶対に動くことの出来ぬ状態にある。けれども、僕は伸子に――ことにその遺骸が、地上にある間に、犯人の名を告げなければならぬ義務があると思うのだ」と云ってしばらく口を噤《つぐ》んでいたが、やがて、錯雑した感情を顔に浮べて云い出した。
「ところで支倉君、さしもの巨人の陣営が掻《か》き消えてしまって、この館は再び白日の下に曝《さら》されることになった。そこで、まず順序どおりに、最初のダンネベルグ事件から説明してゆくことにしよう。しかし、あの時夫人が何故ブラッド洋橙《オレンジ》のみを取ったかという点に、僕は今まであの最短線《ジオデスイク・ライン》――サントニン([#ここから割り注]駆虫剤[#ここで割り注終わり])の黄視症を疎《おろそ》かにしていたのだ。あの視野一面を黄色に化してしまう中毒症状が、軽い近視のせいも手伝って、果物皿の上から、梨もそれ以外の洋橙《オレンジ》も、皿の地と同じ一色に塗り潰《つぶ》してしまったのだよ。したがって、特異な赤味を帯びているブラッド[#「ブラッド」は底本では「ブラット」]洋橙《オレンジ》のみしか、ダンネベルグ夫人の眼には映らなかったのだ。それにまた、サントニン中毒特有の幻味幻覚などが伴ったので、あれほど致死量をはるかに越えた異臭のある毒物でも、ダンネベルグ夫人は疑わず嚥下《えんか》してしまったのだよ。けれども、その思い付きというのは、けっして偶然の所産ではない。根本の端緒を云えば、やはり、犯人に課した僕の心理分析にあったのだ。しか
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