竄アの事件の刑法的解決は、永遠に望むべくもないのだった。それから三十分後に、法水は暗澹《あんたん》とした顔色を黒死館に現わした。そして、今や眼《ま》のあたり伸子の遺骸を見ると、事件の当初から、ファウスト博士の波濤《はとう》のような魔手に弄《もてあそ》ばれ続けて、とどのつまり生命の断崖から、突き落されたこの今様グレートヘンが……、なんとなく死因に対する、法水の道徳的責任を求めているように思われ、はてはそれが、とめどない慚愧《ざんき》と悔恨《かいこん》の情に変ってしまうのだった。ところが、現場伸子の室《へや》に一歩踏み入れると、そこには、鮮かにも残された犯人の最後の意志――Kobold《コボルト》 sich《ジッヒ》 muhen《ミューエン》(地精《コボルト》よいそしめ)が印されていた。
しかもそれは、いつものような紙片にではなく、今度は、伸子の身体に印されていた。と云うのは、その――投げ出した、左手から左足までが一文字に垂直の線をなしていて、右手と右足とが、くの字形にはだけ、なんとなく全体の形が、Kobold《コボルト》 のKを髣髴《ほうふつ》とするもののように思われたからである。それが、扉《ドア》口から三尺ほど前方の所を足にして、斜右《はすみぎ》に仰向けとなって横たわり、しかもレヴェズやクリヴォフ夫人と同じよう、悲痛な表情をしていて、それにはいささかも恐怖の影はなかった。屍体には、右の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》にひどい弾丸《たま》の跡が口を開いていて、敷物《カーペット》の上に、流れ出た血がベットリこびり付いているが、外出着を着て手袋までもつけたところを見ると、あるいは法水の許を訪れようとして、突然狙撃されたのではないかと思われた。なお、兇行に使用された拳銃は、扉《ドア》の外側――把手《ノッブ》の下に捨てられていて、その扉には、外から起倒|閂《かんぬき》が掛っていた。けれども、この局面には一つの薄気味悪い証言が伴っていて、それから陰々と蠢《うごめ》くような、ファウスト博士の衣摺《きぬず》れを聴く思いがするのだった。
――ちょうど二時頃銃声が轟《とどろ》いたので、館中がすくむような恐怖に鎖されてしまって、誰一人現場に馳《は》せつけようとするものはなかった。すると、それから十分ほど経つと、隣室で慄《ふる》えていたセレナ夫人の耳に、扉《ドア》
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