フ智さ」と法水は静かに云った。「ところで、アヴリノの『聖僧奇跡集』を見ると、ベーコンがギルフォードの会堂で、屍体の背に精密な十字架を表わしたという逸話が載っている。けれどもまた一方、発火鉛([#ここから割り注]酒石酸を熱して密閉したもの。空気に触れると、舌のような赤い閃光を発して燃える[#ここで割り注終わり])を、硫黄と鉄粉とで包んだと云われる、ベーコンの投擲弾《とうてきだん》を考えると、そこに技巧呪術《アート・マジック》の本体が曝露されなければならない。と同時に、この事件にも、それが創紋の生因を明らかにしてくれたのだよ。熊城君、君は、心臓停止の直前になると、皮膚や爪に生体反応が現われなくなるのを知っているだろう。また、衝動《ショック》的な死に方をした場合には、全身の汗腺が急激に収縮する。そして、その部分の皮膚に閃光的な焔を当てると、そこには、解剖刀《メス》で切ったような創痕《きずあと》が残されるのだ。勿論犯人は、それをダンネベルグ夫人の断末魔に、乾板へ応用したのだったよ。で、その方法を云うと、まず二つの紋章を乾板から切り取って、その輪廓なりに、橄欖冠《かんらんかん》を酸で刻んでゆく。それから、その二つを筋なりに合わせて、その空洞の中で発火鉛を作ったのだ。だから、手早くそれを顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》に当てさえすれば、発火鉛が閃光的に燃えて、溝なりにあの創紋が残るという道理じゃないか。どうだね熊城君、うんざりしたろう。勿論|技巧呪術《アート・マジック》そのものは、幼稚な前期化学にすぎないさ。けれども、その神秘的精神たるや、しばらくのあいだ、化学記号を化して操人形《マリオネット》たらしめていたほどだからね」
 そうして、人形の存在が、夢の中の泡のごとくに消えてしまうと、当然その名を記したダンネベルグ夫人自署の紙片を、犯人が、メモや鉛筆とともに投げこんだ――と見なければならなくなった。しかし、あの特異な署名を、どうして犯人が奪ったものだろうか。また、乾板をあくまで追求してゆくと、是が非にも神意審問会まで遡《さかのぼ》って行き、出所をそこに求めねばならなかったのである。法水はしばらく黙考していたが、何と思ったか、夜中《やちゅう》にもかかわらず伸子を喚《よ》んだ。
「お喚びになったのは、たぶんこれだと思いますわ」と伸子の方から、椅子につくと切り出
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