フまま左に傾きながら倒れていったのだ。しかし、それが判ったところで、けっして犯人が指摘されるものではなく、むしろ伸子の無辜《むこ》を明らかにしたにすぎない。いや、ただ単に、伸子を倒した最後の止めを詳しくしたのみで、依然として犯人の顔は、鐘鳴器《カリリヨン》室の疑問の中に隠されている。そして、問題が室の内部を離れて、今度は、廊下と鉄梯子に移ってしまったのだよ。しかし、こうして伸子が犯人でないとすると、武具室のあらゆる状況が、クリヴォフに傾注されてゆく――それも、けだしやむを得んだろうがね」
 こうして、分析したものが一点に綜合されるや、それが検事と熊城を、瞬間眩惑の渦中に投げ入れてしまった。しかし、その間熊城は、さも落ち着かんとするもののように、黙然と莨《たばこ》を喫《くゆ》らしていたが、ややあってから悲しげに云った。
「しかし法水君、どの場面でもクリヴォフの不在証明《アリバイ》は、とうてい打ち破《こわ》し難いものなのだよ。どうしてもメースンの『矢の家』みたいに、坑道でも発見されないかぎり、この事件の解決は結局不可能のような気がするんだ」
「それでは熊城君」と法水は満足そうに頷《うなず》いて、衣袋《ポケット》[#ルビの「ポケット」は底本では「ポッケト」]の中から、例のディグスビイの、奇文を記した紙片を取り出した。すると、そこに何事か異常なものが予期されてきて、二人の顔に、なかば怯々《おずおず》とした生色が這い上っていった。法水は静かに云った。
「実を云うと、ディグスビイの秘密記法《クリプトメニツェ》も、既《とう》にあの|大階段の裏《ビハインド・ステイアス》――だけで尽きていて、この奇文の中にある、告白と呪詛《じゅそ》の意志を、示すに止まっていると考えられていた。ところが、故意に文法を無視したり冠詞のない点を考えると、そこから秘密記法の、おぞましい香気が触れてくるように思われた。ねえ熊城君、一つの暗号からまた新しいものが現われる――それを子持ち暗号と云って、ちょうどこの二つの文章が、それに当るのだよ。ところで、くどくどしい苦心談は、抜きにして、さっそく解読法を述べることにしよう。元来、暗号とは一見似てもつかぬ、二つの奇文のように見えるが、そのうち、最初の短文の頭文字だけを、列《つら》ねたものが暗号語なんだ。また、その鍵《キイ》は、もう一つの創世記めいた、文章の中に隠され
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