ェ幻想家《ヴィジョナリー》となる時機にですな」
「いや、元来|儂《わし》は、そういう哲学問答が不得意でしてな」と警戒気味に、博士は眼を瞬《しばたた》いて法水を見た。そして、「しかし、貴方《あなた》はいま、糸と云われましたね。ハハハハ、それが何か令状と関係がおありですかな。法水さん、儂《わし》はこのままで凝《じ》っと、法律の威力を傍観していたいですよ」と早くも遺言書の開封に、不同意らしい意向を洩らすのだった。[#「洩らすのだった。」は底本では「洩らすのだった」]
「そりゃ云うまでもありません。家宅捜索令状などは、どこにも持っちゃいませんよ。だが、一人の辞職だけで済むものなら、たぶん僕等は法律も破りかねないでしょう」と熊城は憎々しげに博士を見据え異常な決意を示した。そのにわかに殺気立った空気の中で、法水は静かに云った。
「さよう、まさに一本の糸なんです。つまり、その問題は、算哲博士を埋葬した当夜にあったのですよ。たしか貴方は、あの晩この館へお泊りになられたでしょう。けれども、その時もしあの糸が切れなかったら――そうだとすれば、今日の事件は当然起らなかったはずです。ああ、あの遺言書が……。そうなれば、算哲一代の精神的遺物となることが出来たでしょうに」
押鐘博士の顔が蒼ざめてみるみる白けていったが、糸――の真相を知らない旗太郎は、不自然な笑を作って、呟《つぶや》くように云った。
「ああ、僕は弩の絃《いと》のことをお話しかと思いましたよ」
しかし、博士は法水の顔をまじまじと瞶《みつ》めて、突っかかるように訊ねた。
「どうも、仰言《おっしゃ》る言葉が判然《はっきり》と嚥《の》み込めませんが、しかし、結局あの遺言書の内容が、なんだと云われるんです?」
「僕は、現在では白紙だと信じているのです」と突然眼を険しくして、法水は実に意外な言《ことば》を吐いた。
「もう少し詳細に云いますと、その内容が、ある時期に至って、白紙に変えられたのだ――と」
「莫迦《ばか》な、何を云われるのです」と博士の驚愕《きょうがく》の色が、たちまち憎悪《ぞうお》に変った。そして、恥もなく、見え透いた術策を弄しているかの相手を、しげしげ瞶《みつ》めていたが、ふと心中に何やら閃《ひらめ》いたらしく、静かに莨《たばこ》を置いて云った。
「それでは、遺言書を作成した当時の状況をお聴かせして、貴方から、そういう妄信
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