チているかね。吾《わ》が愛するものよ、請う急ぎ走れ。香ばしき山々の上にかかりて、鹿のごとく、小鹿のごとくあれ――と。あの神に対する憧憬《しょうけい》を切々たる恋情中に含めている――まさに世界最大の恋愛文章だが、それには、愛する者の心を、虹になぞらえて詠っているのだ。あの七色――それはボードレールによれば、熱帯的な狂熱的な美しさとなり、またチャイルドが詠うと、それから、旧教主義《カトリシズム》の荘重な魂の熱望が生れてくるのだ。また、その抛物線を近世の心理分析学者どもは、滑斜橇《トボガン》で斜面を滑走してゆく時の心理に擬している。そして、虹を恋愛心理の表象にしているのだよ。ねえ支倉君、あの七色は、精妙な色彩画家のパレットじゃないか。また、ピアノの鍵《キイ》の一つ一つにも相当するのだ。そして、虹の抛物線は、その色彩法《コロリー》でもあり、旋律法、対位法でもあるのだ。何故なら、動いてゆく虹は、視半径二度ずつの差で、その視野に入ってくる色を変えてゆくからだよ。つまり、レヴェズは、韻文の恋文を、虹に擬《なぞら》えて伸子に送ったのだ」
それによると、最初のうち法水は、レヴェズが虹を作ったことを、他の何者かを庇《かば》おうとする騎士的行為と見做《みな》していたらしかったが、さらに深く剔抉《てっけつ》していって、ついにそれが恋愛心理に帰納されてしまうと、必然犯人がクリヴォフ夫人を射損じたことを、偶然の出来事に帰してしまうより他にないのだった。しかし、検事と熊城には、そのいずれもが実証的なものでないだけに、半信半疑と云うよりも、何故法水が虹などという夢想的なものにこだわっていて、肝腎《かんじん》の算哲の墓※[#「穴かんむり/石」、324−8]《ぼこう》発掘を行わないのだろう――と、それが何より焦《もどか》しく思われるのだった。ことに、レヴェズの恋愛心理が、後段に至ってこの事件最後の悲劇を惹起《じゃっき》しようなどとは、てんで思いも及ばなかったことだろうし、また、法水が押鐘津多子を犯人に擬したことにも、それ以外にある重大な暗示的観念が潜んでいようなどとは、勿論気づく由もなかったのである。こうして、いったん絶望視された事件は、短時間の訊問中に再び新たな起伏を繰り返していったが、続いて、現象的に希望の全部がかけられている、|大階段の裏《ビハインド・ステイアス》――を調査することになった――
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