フ光景は、クリヴォフ夫人の赤毛が陽に煽《あお》られて、それがクルクル廻転するところは、さながら焔《ほのお》の独楽《こま》のようにも思えたであろうし、また、怒《いか》ったゴルゴン([#ここから割り注]メドウーサら三姉妹[#ここで割り注終わり])の頭髪を髣髴《ほうふつ》とさせるほどに、凄惨酷烈をきわめたものに違いなかった。そして、その時クリヴォフ夫人が、もし無我夢中の裡に窓框《まどわく》に片手を掛けなかったなら、あるいは、そのうちに矢筈が萎《しな》び鏃《やじり》が抜けるかして、結局直下三丈の地上で粉砕されたかもしれなかったのである。しかし、悲鳴を聴きつけられて、クリヴォフ夫人はただちに引き上げられたけれども、頭髪はほとんど無残にも引き抜かれていて、おまけに毛根からの出血で、昏倒している彼女の顔は、一面に赭丹《しゃたん》を流したよう素地を見ることが出来なかったそうであった。
その惨事が発生してから、わずか三十五分の後に、法水一行は黒死館に到着していた。館に入ると、彼はすぐにクリヴォフ夫人の病床を見舞った。すると、折よく医師の手で意識が恢復されていて、上述の事情を、杜絶《とぎ》れながらも聴くことが出来た。しかし、それ以上の真相は、混沌の彼方で犯人が握っていた。その当時彼女は、窓を正面に椅子の背を扉《ドア》の方へ向けていたので、自然背後にいた人物の姿は見ることが出来なかったと云う始末だし、また、その室《へや》に入る左右の廊下には、それぞれ一人|宛《ずつ》の私服が曲り角の所で頑張っていたのだったけれども、誰しもそこを出入した人物はなかったと云うのだった。言葉を換えて云うと、その室はほとんど密閉された函室《はこむろ》に等しく、したがって、私服の眼から外れて、いやしくも形体を具えた生物なら、出入は絶対不可能であるに相違なかったのである。法水は聴取を終ると、クリヴォフ夫人の病室を出て、さっそく問題の武具室を点検した。
その室は前面から見ると、正確に本館の真中央《まんまんなか》に当り、二条の張出間《アプス》に挾まれていて、二つある硝子窓はそれだけが他とは異なり、十八世紀末期の二段上下式になっている。また、室内も北方ゴート風の玄武岩で畳み上げた積石造《つみいしづくり》で、周囲は一抱えもある角石で築き上げられ、それが、暗く粗暴な蒙昧《もうまい》な、いかにも重々しげなテオドリック朝あたり
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