「た、元素精霊《エレメンタリー・スピリット》には違いない。そして今までは、水精《ウンディヌス》と扉を開いた水、風神《ジルフス》と倍音演奏――と云っただけの、云わば要素的な符合しか判ってはいなかったのだ。けれども、いったんそれに性別転換の解釈を加えると、あのいかにも秘密教《エルメチスム》めいていたものが、たちどころに公式化されてしまうのだ。ねえ熊城君、水精《ウンディヌス》と男性に変えなければ、どうしてあの扉《ドア》を開くことが出来なかったのだろうか。そこに、犯罪方程式の一部が精密な形で透し見えていたのを、僕等は、今まで何故に看過していたのだろうか」
「なに犯罪方程式※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」法水の意外な言《ことば》に、熊城は胸を灰だらけにして叫んだ。けれども、だいたいが真理などと云うものは、往々に、牽強附会この上なしの滑稽劇《バーレスク》にすぎない場合がある。しかも、きまっていつも、それは平凡な形で足下に落ちているものではないか。続いて、法水が曝露したその一側面と云うのが、いかに二人を唖然たらしめたことか……。
「ところで君は、スピルディング湖の水精《ウンディネ》を描いた、ベックリンの装飾画を見たことがあるかね。鬱蒼《うっそう》とした樅《もみ》林の底で、氷蝕湖の水が暗く光っているのだ。それが、群青《ぐんじょう》を生《なま》の陶土に溶かし込んだような色で、粘稠《ねっとり》と澱《よど》んでいる。その水面に、※[#「虫+礼のつくり」、第3水準1−91−50]《みずち》の背ではないかと思わせているのが、金色を帯びた美しい頭髪で、それが藻草のように靡《たなび》いているのだよ。けれども熊城君。僕はなにも職業的な観賞家じゃないのだからね、猟館や瘤々した自然橋などを持ち出してまで、君達に瞑想を促《うなが》そうとする魂胆はない。そういう水精《ウンディネ》を男性に変えてしまう段になると、真先に変化の起らねばならぬものが、そもそも何であるか――それを問いたいのだよ」
と法水の顔に微かな紅潮が泛《うか》び上って、五芒星《ペンタグラムマ》の不備を指摘する、メフィストの科白《せりふ》([#ここから割り注]その円に一個所誤謬があったためにその間隙を狙い、メフィストがファウストの鎖呪を破って侵入したのである[#ここで割り注終わり])を口にした。「――とくと見給え。あの印呪は完全に引いてな
前へ
次へ
全350ページ中170ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング