いのです。ところが田郷さん、その婦人は、まだこの館の中に潜んでいるのですよ。ああいったい、それは誰なんでしょうかね」と再三真斎の自供を促しても、相手は依然として無言である。法水の声に挑《いど》むような熱情がこもってきた。
「それから僕の脳裡で、その一つの心像が、しだいに大きな逆説《パラドックス》となって育っていったのですが、しかし、先刻《さっき》貴方の口から、ようやくその真相が吐かれました。そして、僕の算定が終ったのです」
「何と云われる。儂《わし》の口からとは?」真斎は驚き呆れるよりも、瞬間変転した相手の口吻《こうふん》に、嘲弄されたような憤りを現わした。「それが、貴方にあるたった一つの障害なのじゃ。歪んだ空想のために、常軌を逸しとるのです。儂《わし》は虚妄《うそ》の烽火《のろし》には驚かんて」
「ハハハハ、虚妄《うそ》の烽火《のろし》ですか」法水はとたんに爆笑を上げたが、静かな洗煉された調子で云った。
「いや、|打たれし牝鹿は泣きて行け《ホワイ・レット・ゼ・ストリクン・ディーア・ゴー・ウイープ》、|無情の牡鹿は戯るる《ゼ・ハート・アンギャラント・プレイ》――の方でしょうよ。しかし、先刻《さっき》貴方は、僕が『ゴンザーゴ殺し』の中の|汝真夜中の暗きに摘みし草の息液よ《ザウ・ミックスチュア・ランク・オヴ・ミッドナイト・ウイーズ・コレクテッド》――と云うと、その次句の|三たび魔女の呪詛に萎れ毒気に染みぬる《ウイズ・ヘキッツ・バン・スライス・プラステッド・スライス・インフェクテッド》――で答えましたっけね。その時どうして、|三たび《スライス》以後の韻律を失ってしまったのでしょう。また、どうした理由かそれを云い直した時に With《ウイズ》 Hecates《ヘキッツ》 を一節にして、Ban と thrice とを合わせ、しかもまた訝《いぶか》しいことには、その Banthrice《バンスライス》 を口にした時に、貴方はいきなり顔色を失ってしまったのです。勿論僕の目的は、文献学上の高等批判をしようとしたのではありません。この事件の発端とそっくりで、実に物々しく白痴嚇《こけおど》し的な、|三たび魔女の《ウイズ・ヘキッツ・バン》……以下を貴方の口から吐かせようとしたからです。つまり、詩語には、特に強烈な聯合作用が現われる――という、ブルードンの仮説《セオリー》を剽竊《ひょうせつ
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