のだとしたら、胃の空虚には毫《ごう》も怪しむところはない。それから、尿にも反応的変化はないし、定量的に証明するものもない。ただ徒《いたず》らに、燐酸塩が充ち溢れているばかりなんだ。あの増量を、僕は心身疲労の結果と判断するが、どうだい」
「明察だ。あの猛烈な疲労さえなければ、僕は伸子の観察を放棄してしまっただろう」法水は何事かを仄《ほの》めかして、相手の説を肯定したが、「ところで、君が投じた試薬《リアクティヴ》は、たったそれだけかね」
「冗談じゃない。結局徒労には帰したけれども、僕は伸子の疲労状態を条件にして、ある婦人科的観察を試みたんだ。法水君、今夜の法医学的意義は、Pennyroyal《ペニイロイヤル》([#ここから割り注]毒性を有する薬草[#ここで割り注終わり])一つに尽きるんだよ。あの×・××ぐらいを健康未妊娠子宮に作用させると、ちょうど服用後一時間ほどで、激烈な子宮痳痺[#「痳痺」はママ]が起る。そして、ほとんど瞬間的に失神類似の症状が現われるんだ。ところが、その成分である Oleum Hedeomae Apiol さえ検出されない。勿論あの女には、既往において婦人科的手術をうけた形跡がないばかりでなく、中毒に対する臓器特異性を思わせる節《ふし》もないのだ。そこで法水君、僕の毒物類例集は結局これだけなんだけども、しかし結論として一言云わせてもらえるなら、あの失神の刑法的意義は、むしろ道徳的感情にあると云うに尽きるだろう。つまり、故意か内発か――なんだ」と乙骨医師は卓子《テーブル》をゴツンと叩いて、彼の知見を強調するのだった。
「いや、純粋の心理病理学《プシヒョバトロギイ》さ」法水は暗い顔をして云い返した。「ところで、頸椎《けいつい》は調べたろうね。僕はクインケじゃないが、恐怖と失神は頸椎の痛覚なり――と云うのは至言だと思うよ」
乙骨医師は莨《たばこ》の端をグイと噛み締めたが、むしろ驚いたような表情を泛《うか》べて、
「うん僕だって、ヤンレッグの『|病的衝動行為について《ユーベル・クランクハフテ・トリープハンドルンゲン》』や、ジャネーの『験触野《シヤン・エステジオメトリック》』ぐらいは読んでいるからね。いかにも、第四頸椎に圧迫がある場合に衝動的吸気《インスピラチヨン》を喰うと、横隔膜に痙攣《けいれん》的な収縮が起る。だがしかしだ。その肝腎《かんじん》な傴僂《
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