た。長い矩形に作られている本館の中央は、半円形に突出していて、左右に二条の張出間《アプス》があり、その部分の外壁だけは、薔薇色の小さな切石を膠泥《モルタル》で固め、九世紀風の粗朴な前羅馬様式《プレ・ロマネスク・スタイル》をなしていた。勿論その部分は礼拝堂に違いなかった。けれども、張出間《アプス》の窓には、薔薇形窓がアーチ形の格子の中に嵌《はま》っているのだし、中央の壁画にも、十二宮を描いた彩色硝子《ステインド・グラス》の円華《えんげ》窓のあるところを見ると、これ等様式の矛盾が、恐らく法水の興味を惹《ひ》いたことと思われた。しかし、それ以外の部分は、玄武岩の切石積で、窓は高さ十尺もあろうという二段|鎧扉《よろいど》になっていた。玄関は礼拝堂の左手にあって、もしその打戸環のついた大扉《おおと》の際《そば》に私服さえ見なかったならば、恐らく法水の夢のような考証癖は、いつまでも醒めなかったに違いない。けれども、その間《あいだ》でも、検事が絶えず法水の神経をピリピリ感じていたと云うのは、鐘楼らしい中央の高塔から始めて、奇妙な形の屋窓や煙突が林立している辺りから、左右の塔櫓にかけて、急峻な屋根をひとわたり観察した後に、その視線を下げて、今度は壁面に向けた顔を何度となく顎《あご》を上下させ、そういう態度を数回にわたって繰り返したからであって、その様子がなんとなく、算数的に比較検討しているもののように思われたからだった。はたせるかな、この予測は的中した。最初から死体を見ぬにもかかわらず、はや法水は、この館の雰囲気を摸索《まさぐ》ってその中から結晶のようなものを摘出していったのであった。
玄関の突当りが広間になっていて、そこに控えていた老人の召使《バトラー》が先に立ち、右手の大階段室に導いた。そこの床には、リラと暗紅色の七宝《しっぽう》模様が切嵌《モザイク》を作っていて、それと、天井に近い円廊を廻《めぐ》っている壁画との対照が、中間に無装飾の壁があるだけいっそう引き立って、まさに形容を絶した色彩を作っていた。馬蹄形に両肢を張った階段を上りきると、そこはいわゆる階段廊になっていて、そこから今来た上空に、もう一つ短い階段が伸び、階上に達している。階段廊の三方の壁には、壁面の遙か上方に、中央のガブリエル・マックス作「腑分図《ふわけず》」を挾んで、左手の壁にジェラール・ダビッドの「シサムネ
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