だったからである。
「実は、テレーズの人形を焚き捨てて頂きたいのです」とクリヴォフ夫人がキッパリ云い切ると、熊城は吃驚《びっくり》して叫んだ。
「なんですと。たかが人形一つを。それは、また何故にです?」
「そりゃ、人形だけなら死物でしょうがね。とにかく、私どもは防衛手段を講ぜねばなりません。つまり、犯人の偶像を破棄して欲しいのです。時に貴方は、レヴェンスチイムの『|迷信と刑事法典《アーベルグラウベ・ウント・フェルブレヒェリッシュ・ローデル(註)》』――をお読みになったことがございまして?」
「では、ジュゼッペ・アルツォのことを仰言《おっしゃ》るのですね」それまで法水は、しきりになにやら沈思げな表情をしていたが、はじめて言葉を挾んだ。

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(註)キプロスの王ピグマリオンに始めて偶像信仰を記したる犯罪に関する中にあり。羅馬《ローマ》人マクネージオと並称さるるジュゼッペ・アルツオは、史上著名なる半陰陽にして、男女二基の彫像を有し、男となる時には女の像を、女としての際には男の像に礼拝するを常とせり。而して詐偽、窃盗、争闘等を事とせしも、一度男の像を破棄さるるに及び、その不思議な二重人格は身体的にも消失せりと伝えらる。
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「まさにそうなのです」とクリヴォフ夫人は得たり顔に頷《うなず》いて、他の二人に椅子を薦《すす》めてから、「私はなんとかして、心理的にだけでも犯人の決行力を鈍らしたいと思うのですわ。次々と起る惨劇を防ぐには、もう貴方がたの力を待ってはおられません」
 それに次いでセレナ夫人が口を開いたけれども、彼女は両手を怯々《おずおず》と胸に組み、むしろ哀願的な態度で云った。
「いいえ、心理的に崇拝物《トーテム》どころの話ですか。あの人形は犯人にとると、それこそグンテル王の英雄([#ここから割り注]ニーベルンゲン譚中、グンテル王の代りに、ブルンヒルト女王と闘ったジーグフリートの事[#ここで割り注終わり])なんでございますからね。今後も重要な犯罪が行われる場合には、きっと犯人は陰険な策謀の中に隠れていて、あのプロヴィンシア人だけが姿を現わすにきまってますわ。だって、易介や伸子さんとは違って、私達は無防禦ではございませんものね。ですから、たとえば遣《や》り損じたにしても、捕えられるのが人形でしたら、また次の機会がないとも限りません
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