の興味ある風説に心惹かれ、種々策を廻らして調査を試みた結果、ようやく四人の身分のみを知ることが出来た。すなわち、第一|提琴《ヴァイオリン》奏者のグレーテ・ダンネベルグは、墺太利《オーストリー》チロル県マリエンベルグ村狩猟区監督ウルリッヒの三女。第二提琴奏者ガリバルダ・セレナは伊太利《イタリー》ブリンデッシ市鋳金家ガリカリニの六女。ヴィオラ奏者オリガ・クリヴォフは露西亜《ロシア》コウカサス州タガンツシースク村地主ムルゴチの四女。チェロ奏者オットカール・レヴェズは洪牙利《ハンガリー》コンタルツァ町医師ハドナックの二男。いずれも各地名門の出である。しかし、その楽団の所有者降矢木算哲博士が、はたしてカアル・テオドルの、豪奢なロココ趣味を学んだものであるかどうか、その点は全然不明であると云わねばならない。
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法水の降矢木家に関する資料は、これで尽きているのだが、その複雑きわまる内容は、かえって検事の頭脳を混乱せしむるのみの事であった。しかし、彼が恐怖の色を泛《うか》べ口誦《くちずさ》んだところの、ウイチグス呪法典という一語のみは、さながら夢の中で見る白い花のように、いつまでもジインと網膜の上にとどまっていた。また一方法水にも、彼の行手に当って、殺人史上空前ともいう異様な死体が横たわっていようとは、その時どうして予知することが出来たであろうか。
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第一篇 死体と二つの扉を繞って
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一、栄光の奇蹟[#「一、栄光の奇蹟」は底本では「一栄光の奇蹟」]
私鉄T線も終点になると、そこはもう神奈川県になっている。そして、黒死館を展望する丘陵までの間は、樫《かし》の防風林や竹林が続いていて、とにかくそこまでは、他奇のない北|相模《さがみ》の風物であるけれども、いったん丘の上に来てしまうと、俯瞰《ふかん》した風景が全然風趣を異にしてしまうのだ。ちょうどそれは、マクベスの所領クォーダーのあった――北部|蘇古蘭《スコットランド》そっくりだと云えよう。そこには木も草もなく、そこまで来るうちには、海の潮風にも水分が尽きてしまって、湿り気のない土の表面が灰色に風化していて、それが岩塩のように見え、凸凹した緩斜の底に真黒な湖水《みずうみ》があろうと云う――それにさも似た荒涼たる風物が、擂鉢の底にある墻壁《しょ
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