を起す場合がある。それから、抱水クロラールになると、他の薬物ではとうてい睡れないような異常亢進の場合でも、またたく間に昏睡させることが出来るのだよ。だから、新しい犠牲者に必要どころの話じゃない。全然、犯人の嘲笑癖が生んだ産物にすぎないのだ。つまり、この三つのものには、僕等の困憊《こんぱい》状態が諷刺されているのだよ」
眼に見えない幽鬼は、この室《へや》にも這い込んでいて、例により黄色い舌を出し横手を指して、嗤《わら》っているのだった。しかし、調査はそのまま続けられたが、結局収穫は次の二つにすぎなかった。その一つは、密陀僧《みつだそう》([#ここから割り注]即ち酸化鉛[#ここで割り注終わり])の大壜に開栓した形跡があるのと、もう一つは、再度死者の秘密が現われた事だった。と云うのは、危く看過《みすご》そうとするところだったが、奥まった空瓶の横腹に、算哲博士の筆蹟で次の一文が認《したた》められている事だった。
[#天から1字下げ]ディグスビイ所在を仄めかすも、遂に指示する事なくこの世を去れり[#「ディグスビイ所在を仄めかすも、遂に指示する事なくこの世を去れり」は太字]――
要するに、算哲が求めていたものと云うのは、何かの薬物であろう。しかし、それが何であるかということよりかも、法水の興味は、むしろこの際、なんらの意義もないと思われる空瓶の方に惹《ひ》かれていって、それに限りない神秘感を覚えるのだった。それは、荒涼たる時間の詩であろう。この内容《なかみ》のない硝子器が、絶えず何ものかを期待しながらも、空しく数十年を過してしまって、しかも未だもって充されようとはしないのだ。つまり、算哲とディグスビイとの間に、なんとなく相闘うようなものがあるかに感ぜられるのだった。また、酸化鉛のような製膏剤に働いていった犯人の意志も、この場合謎とするよりほかにないのだった。いずれにしても以上の二つからは、事件の隠顕両面に触れる重大な暗示をうけたのであったが、法水等三人は、それを将来に残して、薬物室を去らねばならなかった。
続いて、昨夜神意審問会が行われた室《へや》を調べることになったが、そこは、この館には稀《めず》らしい無装飾の室《しつ》で、確かに最初は、算哲の実験室として設計されたものに相違なかった。広さの割合に窓が少なく、室《へや》の周囲は鉛の壁になっていて、床の混凝土《たたき》
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