うと、法水は一息|莨《たばこ》の烟《けむり》をグイと喫《す》い込んでから、
「ああ、この局面《シチュエーション》は、僕にとうてい集束出来そうもないよ」と弱々しい声で呟《つぶや》くのだった。
「だが、伸子の身体に現われているものだけは簡単じゃないか。なあに、正気に戻れば何もかも判るよ」検事は無雑作に云ったが、法水は満面に懐疑を漲《みなぎ》らせてなおも嘆息を続けた。
「いやどうして、錯雑顛倒しているところは相変らずのものさ。かえってダンネベルグ夫人や、易介よりも難解かもしれない。それが、意地悪く徴候的なものじゃないからだよ。いっこう何もないようでいて、そのくせ矛盾だらけなんだ。とにかく、専門家の鑑識を求めることにしたよ。僕のような浅い知識だけで、どうしてこんな化物みたいな小脳の判断が出来るもんか。なにしろ、筋覚伝導の法則が滅茶滅茶に狂っているんだから」
「しかし、こんな単純なものを……」と熊城が、異議を述べ立てようとすると、法水はいきなり遮って、
「だって内臓にも原因がなく、中毒するような薬物も見つからないとなった日には、それこそ風精天蝎宮《ジルフェスコルピオ》([#ここから割り注]運動神経を管掌す[#ここで割り注終わり])へ消え失せたり――になってしまうぜ」
「冗談じゃない、どこに外力的な原因があるもんか。それに痙攣《けいれん》はないし、明白な失神じゃないか」今度は検事がいがみ掛った。「どうも君は、単純なものにも紆余《うよ》曲折的な観察をするので困るよ」
「勿論明白なものさ。しかし、失神《トランス》――だからこそなんだ。それが精神病理学の領域にあるものなら、古いペッパーの『類症鑑別』一冊だけで、ゆうに片づいてしまうぜ。無論|癲癇《てんかん》でもヒステリー発作でもないよ。また、心神顛倒《エクスタシー》は表情で見当がつくし、類死《カタレプシー》や病的半睡《モービッド・ソムノレンス》や電気睡眠《エレクトリッシュ・シュラフズフト》でもけっしてないのだ」と云って、法水はしばらく天井を仰向いていたが、やがて変化のない裏声で云った。
「ところが支倉《はぜくら》君、失神が下等神経に伝わっても、そういう連中が各々《めいめい》勝手|気儘《きまま》な方向に動いている――それはいったい、どうしたってことなんだい。だから、僕はこういう信念も持たされてしまったのだ。例えば、鎧通しを握っていたこと
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