っていて、創底は胸腔内に入っていた。しかし、いずれも大血管や臓器には触れていず、しかも、巧みに気道を避けているので、勿論即死を起す程度のものではないことは明らかだった。
 それから、天井と鎧の綿貫《わたぬき》とを結んでいる二条の麻紐を切り、死体を鎧から取り外しに掛ると、続いて異様なものが現われた。それまでは、不自然な部分が咽輪《のどわ》の垂《たれ》で隠されていたので判らなかったのだが、不思議な事に、易介は鎧を横に着ているのだった。すなわち、身体を入れる左脇の引合口の方を背後にして、そこからはみ出した背中の瘤起《りゅうき》を、幌骨《ほろぼね》の刳形《くりがた》の中に入れてある。そして、傷口から流れ出たドス黒い血は、小袴から鞠沓《まりぐつ》の中にまで滴り落ちていて、すでに体温は去り、硬直は下顎骨に始まっていて、優に死後二時間は経過しているものと思われた。が、死体を引き出してみると、愕然《がくぜん》とさせたものがあった。と云うのは、全身にわたり著明な窒息徴候が現われている事で、無残な痙攣《けいれん》の跡が到る処にゆきわたっているばかりではなく、両眼にも、排泄物にも、流血の色にも、まざまざと一目で頷《うなず》けるものが残されていた。のみならず、その相貌は実に無残をきわめ、死闘時の激しい苦痛と懊悩《おうのう》とが窺われるのだった。が、しかし、気管中にも栓塞《せんそく》したらしい物質は発見されず、口腔を閉息した形跡もないばかりか、索痕《さっこん》や扼殺《やくさつ》した痕跡は勿論見出されなかった。
「まさにラザレフ([#ここから割り注]聖アレキセイ寺院の死者[#ここで割り注終わり])の再現じゃないか」と、法水は呻《うめ》くような声を出した。「この傷は死後に付けられているんだよ。それが、刀《とう》を引き抜いた断面を見ても判るんだ。通例では、刺し込んだ途端に引き抜くと、血管の断面が収縮してしまうもんだが、これはダラリと咨開《しかい》している。それに、これほど顕著な特徴をもった、窒息死体を見たことはないよ。残忍冷酷もきわまっている。――恐らく、想像を絶した怖ろしい方法に違いない。そして、窒息の原因をなしたものが、易介には徐々《だんだん》と迫っていったのだ」
「それが、どうして判るんだ?」と熊城が不審な顔をすると、法水はその陰惨きわまる内容を明らかにした。
「つまり、死闘の時間が徴候の度
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