《へのぼ》って行って、頭上はるか扇形《おうぎがた》に集束されている穹窿《きゅうりゅう》の辺にまで達していた。楽の音は柱から柱へと反射していって、異様な和声を湧き起し、今にも、列拱《アルカード》から金色《こんじき》燦然《さんぜん》たる聖服をつけた、司教助祭の一群が現われ出るような気がするのであった。が、法水にとってはこの空気が、問罪的な不気味なものとしか考えられなかった。
聖壇の前には半円形の演奏台が設《しつら》えてあって、そこに、ドミニク僧団の黒と白の服装をした、四人の楽人が無我恍惚の境に入っていた。右端《うたん》の、不細工な巨石としか見えないチェリスト、オットカール・レヴェズは、そこに半月形の髯《ひげ》でも欲しそうなフックラ膨んだ頬をしていて、体躯《たいく》の割合には、小さな瓢箪《ひょうたん》形の頭が載っていた。彼はいかにも楽天家らしく、おまけに、チェロがギターほどにしか見えない。その次席が、ヴィオラ奏者のオリガ・クリヴォフ夫人であって、眉弓が高く眦《まなじり》が鋭く切れ、細い鉤形の鼻をしているところは、いかにも峻厳な相貌であった。聞くところによれば、彼女の技量はかの大独奏者、クルチスをも凌駕《りょうが》すると云われているが、それもあろうか演奏中の態度にも、傲岸《ごうがん》な気魄と妙に気障《きざ》な、誇張したところが窺《うかが》われた。ところが、次のガリバルダ・セレナ夫人は、すべてが前者と対蹠的な観をなしていた。皮膚が蝋色に透き通って見えて、それでなくても、顔の輪廓が小さく、柔和な緩い円ばかりで、小じんまりと作られている。そして、黒味がちのパッチリした眼にも、凝視するような鋭さがない。総じてこの婦人には、憂鬱などこかに、謙譲な性格が隠されているように思われた。以上の三人は、年齢《としごろ》四十四、五と推察された。そして、最後に第一|提琴《ヴァイオリン》を弾いているのが、やっと十七になったばかりの降矢木旗太郎だった。法水は、日本中で一番美しい青年を見たような気がした。が、その美しさもいわゆる俳優的な遊惰な媚色《びしょく》であって、どの線どの陰影の中にも、思索的な深みや数学的な正確なものが現われ出てはいない。と云うのも、そういった叡知《えいち》の表徴をなすものが欠けているからであって、博士の写真において見るとおりの、あの端正な額の威厳がないからであった。
法水は、
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