ているんだ。しかし、君は恐らく口を噤んでしまうだろうから、僕が代って云う事にしよう」と最初法水は、極めて平静な調子で云い出したのであったが、それにつれて、朔郎の唇に現われた痙攣が次第に度を昂めて行った。
「それには、最初準備行為が必要だったのだよ。君は自分の室の時計に綿様のものを支《か》って、時報を鳴らなくした筈だったね。そして、七時前に室を出て、裏木戸から薬師堂へ行ったのだが、それ以前に留守の室の時計と君の手に代るものを、柳江の書斎に作って置いたのだ。所で、君の偽造不在証明を分解しよう。まず柳江の書斎にある柱時計の長針と短針とに、安全剃刀の刃を一定の位置に貼り付けて置いたのだ。それから、時計の右手にある釘に糸を結び付けて、それを斜めに数字盤の円芯の上から、八時三十分以後に刃の合する点を通して、末端を自分の室から携えて行った携帯蓄音機の回転軸に縛り付けたのだ。蓄音機は前以って、扇形に張ってある蜘蛛糸の下へ、適宜な位置で据えてあったのだが、それにも細工がある。君は確か、速度を最緩にして、恰度二廻りで止まる程度に弾条《ゼンマイ》をかけて置いたろう。それから、送音管を外して、それを倒《さか》さまに中央の回転軸に縛り付ける。すると、発音器《サウンドボックス》が俯向くから恰度卍の一本と同じ形になるのだが、それが済むと、愈停止器を動かして回転を始めさせたのだ。勿論それだけでは、糸が盤の回転を許さないのだが、そのうち八時三十分を少し過ぎると、両針に付けられた剃刀の刃が合うから、糸がプツリと切断される。そうして、回転が始まると、発音器《サウンドボックス》の針受が上の蜘蛛糸を弾いて、あの時計に似た沈んだ音響を立てたのだよ。つまり、最初の回転で八つ[#「八つ」は底本では「六つ」]、二回目で一つ――それが三十分の報時に当ると云う訳だが、その二回で弾条《ゼンマイ》の命脈が尽きてしまったのだ」
「どうかしてますね貴方は※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」朔郎は突然引っ痙れた声で笑った。「あんな絹紐から、どうしてそんな音が出ましょう?」
「成程、十本の中で両端の二本宛は単純な絹紐だよ。所が、中の八本は本物の小道具なんだ。土蜘蛛の糸にはもう二十年此の方、電気用の可熔線《フューズ》を芯にして使っている。しかも、その中の一本には極く太目のものを君は芯にしているんだ。だから、最初八つ打ったのだが、七本
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