ゥら、時針の変化で、幡江を遮ったのでした」
 法水の、凄まじい推理力から迸《ほとばし》り出る力に圧せられて、一座の者は化石したように硬くなってしまった。検事は胸苦しくなった息をフウッと吐き出して、
「それでは、オフェリヤの棺槨《かん》の外から、君が風間九十郎を透視した理由を聴こう。僕は、それを不思議現象だけで葬りたくはないのだよ」
「それは支倉君、実は斯うなのだ。孔雀の瞬きが、ある一つの微妙な言葉となって、僕に伝えてくれたのだよ。よく会話中に見る事だが、酸いような感覚を覚えると、僕等はどっちかの眼を閉じるものなのだ。所が、オフェリヤの棺と――僕が云った時に、孔雀は無意識にそれを行った。それで僕は、もしかしたらその感覚に、孔雀は死臭を経験しているではないかと考えたのだ。また、その神経現象は、奈落――と云った時の淡路君にも現われたけれども、それは却って、無辜《むこ》を証明するものになってしまった。と云うのは、あの当時は、奈落にニスの臭いが罩っていたので、酸味の表出で、淡路君が余儀ない偽りを吐いたと云う事が判ったのだよ」
「それでは、一体、九十郎は何時誰に殺されたのだね」
 と今度は、熊城が疑題を投げた。
「云うまでもなく孔雀にさ。そして、その時期は、二た月ほどまえ家族と別れた――その直後だろうと思うのだがね」
 法水は一向に素っ気ない声で云った。
「それには、九十郎の驚くべき特徴を、知る事が出来たからなんだ。あの男は、俳優とは云え半聾だったのだ。然し、内耳の基礎膜には、微かに能力が止まっているので、それが九十郎に頗る科学的な発声法を編み出させたのだよ。それは、耳を塞いで物を云うと判る事だが、ハ行やサ行などの無声音以外は、欧氏管を伝わって内耳に唸りを起す。然しその無声音も、胸腔に響かせて胸声にして出すと、それが幾つもの段階に分かれて、響いて来るのだ。つまりそれに依って、九十郎は自分が出した声を判別する訳だが、勿論相手の言葉は、読唇《どくしん》法や胸震読法などで、読み取る事が出来るだろう。然し、この場合もし胸腔を圧迫したとしたら、自分が口にした音が、耳底には異なって響くに相違ないのだ。そうすると[#「そうすると」に傍点]、別れの際に[#「別れの際に」に傍点]、孔雀が九十郎の胸に抱きついたと云う事は[#「孔雀が九十郎の胸に抱きついたと云う事は」に傍点]、結果に於いて[#「結果
前へ 次へ
全33ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小栗 虫太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング