驕B
着衣も、腐汁に浸みた所だけは、腐ってボロボロになり、そこから黄ばんだ、雁皮みたいな皮膚が[#「皮膚が」は底本では「皮腐が」]覗いている。眼窩には、…………………………溜っているだけで、黒いバサバサした髪が………………………跡には、肉の表面がドス黒い緑色に見える。そして、その上には、瘠せた蛔虫のような形、…………………………………………………。
既に、風間九十郎の上には、見る影もない腐朽の印《しるし》がとどめられているのだった。
「こら坊主、香を焚け、香を……」
墓穴の中から躍り出ると、法水は台本にもない台詞を叫んだ。そして観客に悪臭を覚られまいとした。
然し、続いて今度は、満場を総立ちにさせたほどの出来事が起った。
と云うのは、レイアティズがハムレットに争いを挑むところで、その役の小保内精一が長剣を抜いて突っ掛かって来ると、いきなり蹌踉いたものか、その剣光を目がけて、孔雀が飛び出したのであった。それはまったく、電光のような敏《す》ばやさで、ハッと感じた小保内も、剣を引く隙がなく、余勢が孔雀の心臓を貫いてしまった。
その刹那、孔雀の全身が像のように静止して、何か言葉のような引っ痙れが、ひくひく頬の上で顫えていた。そして、唇の両端から、スウッと血の滴りが糸を引くと、何やら模索しているようだった眼が一点に停まり、やがて孔雀は、棒のように仆れてしまった。
その同時に起った二つの出来事に依って、事件の帰趨は、略々《ほゞ》判然と意識されたけれども、果してそれが、真実であるかどうか迷わなければならなかった。
然し、その翌夜になると、法水は劇場に一同を集め、事件の真相を発表した。淡い散光《ライム》の下で昨夜通りの書割の前で、法水はあの妖冶《ようや》極まりない野獣――陶孔雀の犯罪顛末を語り始めたのであった。
「最初に順序として、僕はこの事件に現われた、風間の影を消して行きたいと思うのです。勿論あの手紙は偽造であり、淡路君の経験も孔雀の陳述も、みな、供述の微妙な心理から生まれ出たものに相違ありません。然し、幡江が淡路君の亡霊姿を見て、それを九十郎と信じたのは、まさに偽りではない。が、さりとてまた実相でもなく、実は幡江の錯覚が、起した幻に過ぎないのです。と云うのは心理学上の術語で仮現運動と云って、十時形に小さい円を当てて、その中心に符合させる。そして、その二つを、か
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