らず。わが委任統治領のグリニッチ島からは、東南へ八百キロくらいのところだ。つまり、わが南洋諸島であるミクロネシアと、以前は食人種の島だったメラネシア諸島のあいだだ。そこに、世界にもう其処だけだという、海の絶対不侵域がある」
「ほう、まだ|未踏の海《マーレ・インコグニタ》なんてこの世にあるのかね。で、名は?」
「それが島々でちがうんで色々あるんだがね。ここでは、いちばんよく穿っているニューギニア土人の呼びかたを使う。|〔Dabukku_〕《ダブックウ》――。つまり『海の水の漏れる穴』という意味だ」
 土人の言葉には、ひじょうに幼稚な表現だが奇想天外なものがある。この“|〔Dabukku_〕《ダブックウ》”などもその一つ。直経百海里にもわたるこの大渦流水域を称して、「海の水の漏れる穴」とはよくぞ呼んだりだ。
 そこは、赤道無風帯のなかでいちばん湿熱がひどいという、いわゆる「|熱霧の環《レジョン・オブ・クラウド・リング》」のなかにある。そしてその渦は、外辺は緩く、中心にゆくほど早く、規模でも、「メールストレームの渦」の百倍くらいはあろう。ましてこれは、鳴門やメールストレームのような小渦の集団
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