つぼかずら』のひじょうに巨きなものがあるという話だったが……。そうだ、一番それを使って、この沼をわたってやろう」
 やがて、ほそい藤蔓のさきに小鳥をつけて飛ばしているうちに、キーッという叫び声とともに、ぐっと手応えがした。たしかに、「うつぼかずら」の大瓶花が小鳥をくわええたにちがいない。とそれをキューネが力まかせに引くと、一茎の攀縁一アール(百平方米)にもおよぶと云う、「|大うつぼかずら《ネペンテス・ギガス》」がズルズルと引きだされてくる。まもなく、そうして出来た自然草の橋のうえを、二人が危なげに渡っていたのである。いよいよ、目指す、“Nord−Malekula《ノルド・マレクラ》”
「坊や、ここが当分、私たちのお宿になるんだよ」
「日本かね、オジチャン」
「いや、日本へゆく道になるのさ。坊やが、ここで幾つも幾つもおネンネしていると、そのうちにお迎いの船がくるよ」
 そして、キューネの気もハチロウの気も落着いた。みれば、果物も豊富、魚介も充分。ここから、時機がくるまで伸々と過せると、キューネもほっとしたのであった。
 しかし、そうして何事もなかったのもたった一日だけ……。翌朝、果実を見つけに茂みのなかへ入ってゆくと、ふいに、眼のまえに薄赤いものが現われた。
「あっ、何だ。サア、坊や、はやくオンブしな」
 前方でも、ザクザクと草を踏む音がする。やがて、ベゴニアの藪のなかへ蹲んだその生物を、キューネがぐいと引きだしたのである。とたんに、彼はアッと叫び、思わず離すまいと双手に力をこめた。それが、人間も人間、うら若い娘だった。
「Papalangi《パパランギ》、ああ、Papalangi《パパランギ》」
 とその娘が絶え入るような喘ぎをする。
 Papalangi《パパランギ》 とは、サモア語の白人という意味。みれは、熟れかかった桃のような肌の紅味、五体はタヒチ島土人ときそう彫刻的な均斉。思わず、キューネがほうっと唸ったように、まさに地上の肉珊瑚、サモア島の少女《トウボ》だ。
「君、そう怯えなくたって、何もしやしないよ。だが、どうして君一人が、この Malekula《マレクラ》 にいるんだね。サモアだろう※[#感嘆符疑問符、1−8−78] サモアの娘がどうして此処にいるの」
 娘が、キューネに安心するまでには長時間かかった。もし愛らしいハチロウがこの白人のそばにいなければ、
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