、ここには釜焚きがいて掃除するから、掃除屋の手にはかけないのである。しかし、溝の方は釜焚き人夫が手を出すのを嫌うから、掃除屋の仕事となっていた。
溝掃除は、煙突掃除よりも仕事が汚い上に骨が折れるから、賃銀が高い。でも、いかに高いといったところで、一仕事で一円以上というのは、めったにない。普通二、三十銭を頂戴する溝掃除が最も多い。
煙突掃除や、簡単な溝掃除は一人で行くことになっているが、大きな溝掃除となると総動員で行く。
ところで、以上のような賃銀であるけれど、この賃銀のうちから親爺に頭をはねられ、また難工事は頭割りとなっているから、早暁から夕方まで働いたところで、一日金一円の収入を得るというのは甚だ困難であると、二人の先輩と親爺が代わる代わる私に説明した。
「それでも、お前はやる気があるのかい」
年長の方の先輩が私に問うた。
「遊んでいて、ひもじい思いをしているのより結構だ」
と、私は答えたが、いかに浜口内閣の不景気政策のおかげとはいえ、煙突一本掃除して金五銭とは情けないと思った。
三
私は、その日から二人の先輩の後について、仕事見習にでかけた。だが、たかが煙突掃除や溝掃除であるから大したことはない。
年長の先輩は、あば辰という異名を持っていた。顔に薄い白|痙斑《あばた》が浮いているからである。若い方は、樺太と呼ばれる。樺太で土工を稼いでいたからだ。
五、六日の後には、私は一人前の立派な掃除屋さんになっていた。ある日、花柳界の真ん中にある銭湯屋から溝掃除の申し込みがあった。これは、難工事であるというので、あば辰と樺太と私と三人で出かけて行った。
この風呂屋の湯尻は、直径一尺の土管を通して、道路に沿った掘割に注いでいるのであるが途中になに物か滞って不通となって湯水が溢れ出すというのである。そこでわれらは、まず長い割り竹で土管の尻から突いてみた。だが長い土管の途中に滞った物は、なかなか頑固に頑張っていて、竹の箆などでは突き抜けそうにない。結局、土管を全部掘り返して徹底的に掃除することに方針を定めたのである。
長い土管を三区に分けて三人で一区ずつ受け持ち、せっせと掘りはじめた。私は、正午頃までに受持分を掘り終わってしまったので、表通りの路傍の石に腰かけて一服やっていると、あば辰と樺太の二人が、にこにこしながら私のところへ走ってきた。あば辰は、右の手になにか握っている。
「おい新米、土管のなかからこんなものがでた」
こういって、あば辰は大きな掌を開いてみせた。私は、その掌を覗いた。掌の上に、金の総入歯がぴかぴか光っている。あば辰と樺太は、私を新米、新米と呼んでいた。
この総入歯は、よほど贅沢の人が作ったものと見えて、ふんだんに純金が使ってある。全部で、三、四匁は使用してあるかも知れない。当時、純金は一匁三円五十銭程度であったから、どんなに安く見積もっても、この総入歯は十円以上の価値はあろう。
「どこかの大家の隠居かも知れないな、湯尻へ落としてあきらめたのだろう」
と、私はいった。
「古金屋へ持って行けば今夜一盃呑めるが、おい新米、一体これはどう処分したらいいんだ」
樺太は、こう私に問うのである。私は、しばらく考えた。
「古金屋へ持って行くのは止めたがいい。これは一応、交番へ届けなければいけねえ品だね」
こう、私は意見を述べた。すると、あば辰も樺太も苦い顔をした。
「それじゃ、一盃にならねえじゃねえか。交番で取っちまうだろう」
「もちろんさ、一年たっても遺失主が現われなければ、おいらのところへ下げ渡されるけれどその間は警察へ預け放しさ」
「そいつは、つまらねえ」
「花咲爺さんじゃねえけれど、こいつは天道さまがおいらに授けたんだ。三人で呑んじまうことにしべえよ」
二人は、呑むことを盛んに主張する。
「呑みたいのは山々だが、そいつはいけねえな。天知る地知るだ。後が怖ろしいぞ」
「後が怖ろしいとは、どういうことだ」
「拾得物横領というので、呑んじまったことが分かれば、おいらは後ろへ手がまわる」
「そんなわけか」
「危ない危ない、交番行きが一番安全だ」
最後に、あば辰も樺太もふしょうぶしょう私の意見に従った。
「そうと決まったら、二人で交番までひと走り行ってくらあ」
あば辰は、こういってから樺太を顧みた。あば辰は、また大きな掌の金歯を握ったまま、往来を小走りに西の方へ向かって走りだした。樺太が、その後に従った。
――呑むことに同意しないでよかった――
と、私は思った。
それから一時間待てど、二時間待てど二人は帰ってこなかった。私は、自分の掘った土管を掃除してから、さらに二人の分も掃除して、元のように土管を埋めた。そして、湯屋の番頭を呼んで通水させてみた。掃除は、立派に終わったのである。もう、夕方
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