つまり、経済ということには、ほんとうに無関心な人柄であったのである。そのために、私の家は年毎に田が一枚減り、畑が二枚と減っていった。
だが、私はいま昔の俤《おもかげ》のない故郷の家を見ても、父を怨む気など少しも起こらない。私の想い出には、やさしい父というほか何もないのである。
鮎の姿が、眼に浮かぶ。釣った鮎を手に握ると、父の愛が蘇《よみがえ》る。地下の父と、鮎とが渾然《こんぜん》としてしまうのである。
竿を差しのべて、なぎさに佇む痩せた父の姿。家にあれば、何なりと村の人の言うことに、諾々とうなずいた好人物の父……。
鏡に映るわが白き鬢《びん》髪を見て、年毎に亡き父の俤に似てくるわが姿を想って、感慨無量である。
底本:「垢石釣り随筆」つり人ノベルズ、つり人社
1992(平成4)年9月10日第1刷発行
底本の親本:「釣随筆」市民文庫、河出書房
1951(昭和26)年8月発行
初出:「釣りの本」改造社
1938(昭和13)年発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年4月30日作成
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