、稲を一振りずつ振りとっては、先祖伝来の稲扱万牙に打ちつけていた姿は、いまはもう遠い昔の思い出だ。
 父や作番頭は唐箕や、摺臼に忙しい。そこへ祖父が、燗鍋に濁酒を入れてきて、
『みんな、こっちへきな。一杯やるべえよう』
 と言って呼んでいた俤がなつかしい。土塀のそばに、枯れた桑の根っ子が燃えていた。私ら子供は、その火で唐芋の親を焼いて、ほかほかと皮を[#「皮を」は底本では「川を」]剥《む》いて食べていた。
 村の役場も、洋館建てになった。洋食屋ができて、トンカツを売っている。碓氷峠の方へ通う路は、このごろ県道になってバスが砂塵をあげて走っている。
 石油発動機と、濁酒とはどうしても結びつけて考えられない。『濁酒』と書いた紺色の旗が寒風に翻っている時の居酒屋が、店を閉じてからもう幾年になるだろう。[#地付き](一四・一二・三)



底本:「完本 たぬき汁」つり人ノベルズ、つり人社
   1993(平成5)年2月10日第1刷発行
底本の親本:「随筆たぬき汁」白鴎社
   1953(昭和28)年10月発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年4月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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