あるまいか。
漁師によると、色の黒い頭といい、からだの全体がどことなくいかついのは雄であって必ずしも外洋からきたものではない。四季内海にも数多くいる。また色の冴《さ》えた真紅の丸い鯛も外洋からくる。これは雌だ、と言っている。外洋である伊豆網代沖初島まわりの鯛釣り場でも、四、五月頃の春鯛釣りに居付き鯛と称される冴えた立派な鯛と、色の薄黒い鯛とが釣れるのである。だが、色の冴えた鯛の方がおいしいのは勿論である。
真鯛は普通二、三十|尋《ひろ》から、百二、三十尋の海底に、連続して点在する岩礁に生えている藻草の間に棲んで餌を求めているのであるが、餌の移動に従って三、四十尋くらいの深さの砂底を、棲み場とすることもある。また夏になると、二、三百匁の中鯛は十尋前後の岸に近い浅場へ出てくることもあり、産卵期になると毎年同じコースを大洋から遠く内海の方へ移動をはじめる。
底の岩礁にばかり絡まっているとは限っていない。季節や日並み、また常食としているところの餌の浮沈によって、海の中層からさらに上層まで浮いて出てくることがある。これは伊豆網代の味噌鯛や、伊豆南端神子元島の烏賊腸《いかわた》釣りに見る例であって、鯛の移動は釣りに深い関係があるから、よく注意せねばならない。この詳細は、釣り方の説明のところにおいて語ることにしよう。
広島文理科大学梶山英二理学士の調査によると、鯛は三十年くらい生きているという話である。そして、鰤《ぶり》や鱸《すずき》のようにめきめきと大きく育つものではなく、生まれて四年目で漸く一尺二寸二百匁前後、五年目で一尺三寸余三百匁前後、六年目で一尺五寸余四百匁前後、七年目一尺七寸余六百三十匁、十年目で一尺九寸余八百五十匁、十五年目で二尺三寸余一貫四百匁、二十年目で二尺五寸余一貫八百匁、三十年目で三尺二貫七百余匁であるというから、まことに遅々として育つものであることが分かる。尊い魚だ。
鯛は、随分硬いものを食う。鯛の頬肉のうまさというが、頬肉は口の開閉を司る筋肉であって、一度鯛が口を開いてぐっと噛み締めれば、あの硬い榮螺《さざえ》でも噛み砕いてしまうのである。そのはずである。どの魚にも見ることのできないほどの鋭さ、いや頑丈さを持っている。その頑丈な歯が外側と内側とふた並びになっているのであるから、あの豊富な頬肉の力で強く噛みしめたならば大概の貝類など砕けてしまうであろう。
釣り餌に用いるのは普通赤蝦、車蝦、芝蝦、白蝦、藻蝦、赤蛸、飯蛸、大蛸の足、蝦蛄《しゃこ》、幽霊蝦蛄、活烏賊、イカナゴ、擬餌、芋、味噌団子、烏賊の腸、赤虫、秋の魚のブツ切りなどであるが、鯛は自然に生活しているこのほかに榮螺《さざえ》、宿借《やどかり》、蛤、浅利《あさり》、蟹、牡蠣《かき》、ウニ、ユウ、磯巾着、海藻、人手《ひとで》など、そのほか、なにを食べているか分からない。随分硬い歯、殊に大食の魚であるのだから、我々が想像もつかぬものを食っているに違いない。
餌は、釣りの役割のうち最も重要な位置を占めているのである。鯛は以上あげたような種類のものを食っているのであるから、釣り人各自が研究工夫して新規な眼新しい餌を発見して用いたならば、必ず興味ある会心の釣りがやれることと思う。
鯛釣りを志す人のために、その一般について、簡単ながら心得ともいうべきことを述べてみよう。
四季いずれの時も、鯛を釣るにはその棚《たな》つまり魚の遊泳層を心得ておかねばならない。小鯛は、普通底から半|尋《ぴろ》乃至一尋くらいが棚である。中鯛は、海底から三尋から八尋くらいのところであるが、深くなるほど次第に棚が高くなって、百尋以上になると底から、上方二十尋に及ぶことがある。しかし大鯛は、大体において底に近いところ、四、五尋から十尋以内に遊泳しているのを普通とする。餌の移動によって上下左右広い棚に活動することは、前項に述べた通りだ。冬期は底近くを好み、温かくなると次第に浮いてくるが、夜も棚が高いのである。
大鯛を狙うには、大体テンヤ釣りの仕掛けを用いる。この釣りは普通三十尋前後から以上深い海で行なわれ、深くなるほどタチが分からないで初心者は困難するが、指導者の言葉をよく噛み研究心を積んでいけば次第にタチをとることを心得るものである。タチが自由にとれるようになれば、これほど面白い釣りは他に珍しい。大鯛釣りは錘が海底につくと、まず最初に二尋乃至三尋たぐりあげる。そしてさらに静かに一尋くらい、ついで一尋、二尋と、次第々々に海タチの二割くらいと思うだけ道糸をたぐりあげて鯛の棚を探ってみるのが、賢明の方法である。
鯛の当たりには、随分複雑な変化がある。いきなり、餌をくわえて駆けだすのがあるかと思えば、ゴリゴリと餌を噛んでいる響きが指先へ感じてくる場合もある。しかし、一体に当たりは微妙であ
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