寛永寺境内にある霊廟には四代家綱、五代綱吉、八代吉宗、十代家治、十五代慶喜などが祀ってあるが、廟の建築などは、上野は遠く芝に及ばない。日光は家康と三代家光とだけである。また家康の廟は、江戸城紅葉山にもあったが、これは明治六年の火災で焼失してしまった。

     豊麗な秀忠廟

 家康薨去の時は、最初駿河の久能山に葬り、その後間もなく日光に移したのであったが、いまに残る華麗な建築物は、寛永十三年に至って家光が、初期の建築物を改造したのであった。二代秀忠は増上寺境内へ祀って台徳院と称した。次に三代家光は日光と上野寛永寺に祀ったが、寛永寺の廟は焼失し、残るは日光のものばかりとなったのである。
 四代家綱、五代綱吉の廟は上野へ持って行き、次の五代と七代の廟は芝に造営した。一代から七代までは、芝に置こうが上野に置こうが一代ひと構えとして独立の霊廟を建造経営する慣わしとなっていた。ところが、八代[#「八代」は底本では「八台」]吉宗からこの慣わしを破ってしまったのである。つまり、次から薨去した将軍は、先代の廟に合祀して単に墓標であるところの宝塔ばかりを建てるようになったのであった。
 この原因には、いろいろの事情が伴ったのであろうが、主なる原因は当時幕府当局が新たに方針を定めた財政上の大緊縮政策によったためであろう。吉宗は、生前遺命して自分の霊を上野の五代廟に合祀させたのであった。その後の各将軍の霊は、芝または上野の廟に合祀され、決して単独の廟を建立せぬようになったのである。そして合祀の墓所には一基ずつの銅製あるいは石造の宝塔を建て、宝塔の前に小さな拝殿を設けたのである。だが、その小拝殿も芝の方には残っているが、上野には現存していない。
 徳川累代の霊廟のうち、建築芸術として価値あるものは一代から七代までであって、八代以後は規模が甚だ小さいのである。けれど一番古いところの久能山の家康廟と、改造前の日光廟とはまだ徳川家が興隆の途中にあってなかなか軍事に忙しく、従って財政的基礎も確立せぬ時代に建築したのであるから充分な工費を支出し得なかった。そんな関係で、一体に規模も小さく形容も簡素であったのは無理ならぬ話であった。
 日光廟の改造を行なったのは、三代家光であることは既に書いた。けれど、この改造は要するに二代廟の結構を模したに過ぎないのである。そして、余りに増上寺の二代廟へ金をかけ過ぎてしまったので、日光へは思うがままに工費を支出し得なかったそうである。それほど、二代秀忠廟は豪華壮麗を極めている。
 そこで、二代将軍の台徳院廟が建造された頃、つまり三代家光が将軍になってからは徳川家の覇業完成し、各般の制度も整い、財政も豊かとなったから、思うままに工費を支出して造営に力を注ぐことができた。それにまた技術方面から見ると、前時代つまり桃山時代の華麗豪艶な建築工事に携わった有名な建築家、画家、彫刻家、漆工、指物師など幾多の芸術家がなお揃って健在であったから、当時一流の腕を持っていた人々を集めるのも容易であった。台徳院造営時代は、かように好条件が備わっていたから、多くの霊廟のうちに国宝として特に秀でた建築ができあがったのであった。『徳川実記』、『本光国師』、『東武実録』などによると、二代秀忠の歿したのは寛永九年正月で、同月二十七日霊廟の工事を起こし、同年七月には新造の霊屋で供養を行なっている。その年のうちに三代将軍は、工事奉行の土井利勝に工事速成の賞として、来光包の脇差《わきざし》を与えている。続いて大工鈴木近江、同木原杢などに賞を行なっている。
 これを見ると、僅か半歳の間に宏大にして精緻な美術建築ができあがったのであった。
 しかし、霊屋の建築はとにかくとして、屋内を飾る美術品、彫刻、絵画、漆工、磁工などが、僅かに半歳の間に完成したとは思われない。左甚五郎が刻んだという芸術品だけでもその数は夥《おびただ》しいのである。如何《いか》に卓越した腕を持っていたにしたところが、短い時間にあれだけの美術品が新しく世に出たことは、我々|素人《しろうと》としてはほんとうに考えられないところである。

     麻布の十番

 それはとにかくとして、僅かな期間にあれだけの工事を仕あげたのであるから、随分多くの人を使い、また沢山の金を費やしたことが想像できる。
 いま麻布に十番という地名がある。このところには、二代将軍霊廟造営に際して工事費支払場所を置いた。一番から十番までの勘定方がいたので、この名が残っているのである。技術家や、従業の人々が夕方になるとそこで金を受け取り、近所の飲食店や商店で散財したのであるから、当時麻布一帯は素晴らしく繁華であったであろう。
 また徳川初期の清妙芳麗な工芸の神技を発揮しているものに、台徳院本殿内に安置した堂宇《どうう》と、奥院の宝
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