石亀のこと
佐藤垢石

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)毛鈎《けばり》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「魚+陸のつくり」、第3水準1−94−44]
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 鮎は、毛鈎《けばり》や友鈎で掛けるばかりでなく、餌に食いつくのは、誰も知っている。
 私が少年のころ、父と共に利根川で用いていた毛鈎は、播州ものの甚だ粗末な出来であった。近年のように加賀鈎や土佐鈎のように精巧のものは、見たこともなかったのである。だから、毛鈎で若鮎を釣るのに、必ず餌をつけたものだ。
 最も広く用いられたのが、魚の蛆《うじ》であった。空鈎《からばり》を水中へ流しても釣れないが、蛆を餌につけると、よく釣れた。次に、藻蝦《もえび》の肉を餌に用いた。藻蝦のくびを取り去り、殻の上から二本の指先で押すと、肉が飛び出す。それを鈎へつけると、若鮎は争ってそれを食った。若鮎は、遠く河口から上流さして遡りくる途中、藻蝦を常食にしていたためかも知れない。
 蛆《うじ》も藻蝦《もえび》もないときには、石亀《いしがめ》を用いた。石亀は、川虫の一種である。水際の小石の上をさらさらと流れる浅い瀬に、小砂を長さ一分五厘くらいの長さの筒にまとめて、その中に棲んでいる青灰色の細長い小虫である。これも、若鮎の好物である。これを鈎先にさしても、よく食いついた。魚釣る餌には、誰でも苦労するものだ。
 後年、相州小田原の酒匂川へ遊んだとき、土地の釣り人が道楽に処女の髪の毛を用い、たなご鈎ほどの小さな鈎に、なにか餌をつけて浅瀬で若鮎を釣っているのを見た。頻繁に、釣れるのである。どんな餌かと、その釣り人に見せて貰ったところ、それは石亀であった。
 石亀は、栃木県と茨城県にまたがる那珂川の釣り人も、若鮎釣りの餌に使っているという話だ。どこの釣り人も、同じ餌を発見するものと見える。
 鰺《あじ》と※[#「魚+陸のつくり」、第3水準1−94−44]《むつ》の肉で、若鮎を釣るのを見たのも、小田原の山王川の上流であった。それは、明治の末年であったろう。
 湯河原の千歳川でも、熱海の町を流れる小川でも、鰺の肉やシラスの頭で若鮎を釣っていた。それを、はじめて見たのは、まだ小田原から熱海へ人車鉄道が通っている頃だ。
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