うだそうである。利根川では岩本から上流ならば、どこでも山女魚の釣れる所では、大抵はやが釣れるのである。もうこの辺になると、暑中でも水温が低いから下流では食えないはやも相当の味に食えるのである。
 水上温泉の旅館と、駅売りの弁当では、はやの焼き枯らしを、煮びたしにして客に出したところが、大そう歓迎されたのである。しかし、そう[#「そう」は底本では「さう」]沢山はとれない。そこで苦し紛れに信州から養殖のはやを取り寄せ、利根で釣れたのですといって誤魔化《ごまか》したところ、蛹《さなぎ》臭いので直ぐ化けの皮が現われたという話である。
 越後の魚野川は、雪の山から出てくるのであるから、小出町付近で釣れる大鮎はさぞかしと思われるが、大したものではない。地盤の構成によって、川床に敷く石が小さいためもあろうが、水温が非常に高いので硬いのである。また、鮎特有のアノ香気が薄い。
 越中国の神通川の上流、裏飛騨の宮川の大鮎は、土地の人の自慢の一つであるが、水温と水質の関係で、皮がこわく、骨が硬かったのである。この川に大きなはやが数多く棲んでいた。巣の内の宿で出してくれたが、味は上等とは思えなかった。この魚を飛越線の鉄道工事に雇われている鮮人の細君が、川の浅い所へ伏せ※[#「竹かんむり/奴」、第4水準2−83−37]《ど》を置いて漁《と》っているのを見たが、鮮人の婦人は何でもやるものだと思ったものである。
 ところが、表日本の長良川の上流、上の保川や吉田川、飛騨川(越中にも飛騨川というのがある)の鮎は水温が低いので、上等の食味を持っているのである。これらの川の岩質が、鮎の好きな上質の水垢を発生させるのに、適しているからであろう。
 越後の海へ注ぐ阿賀の川の支流、只見川も鮎では有名な川である。宮川のそれよりも一層こわく、肉がやわらかである。殊にアノ香気と風味を、全く持っていない。名前倒れの川であることを我々釣り仲間が行って知ったのである。やはりこれも、水温が高いのと、川底が平凡であるからである。
 川は小さいといいながら興津川の鮎が尊ばれるのは、このせいであろう。
 こんな、取りとめもないことを書いて、学者や、物識る人に笑われるであろうか。



底本:「垢石釣り随筆」つり人ノベルズ、つり人社
   1992(平成4)年9月10日第1刷発行
底本の親本:「釣随筆」市民文庫、河出書房
   1951(昭和26)年8月発行
初出:「釣趣戯書」三省堂
   1942(昭和17)年発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年5月5日作成
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